日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 318
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発表要旨
土地改良事業からみた水管理の課題-大崎土地改良区を事例として
*元木 理寿佐々木 達
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抄録

1.はじめに  

 世界農業遺産(GIAHS:Globally Important Agricultural Heritage Systems)とは,武内(2013)は「変わりゆく遺産であり,進化する遺産であり,それゆえに,持続可能な農業を体現した遺産として認められています。GIAHSが認定するのは,表向きは伝統的な農法であったり,農業構築物であったりしますが,大切なのはあくまでも,それを維持・管理する人たちと一体となったシステムです。」と評している。世界農業遺産に認定された地域は,世界で21ヶ国58地域、日本では11地域(2019年11月現在)となっている。本研究では,日本における世界農業遺産に認定された地域の中で宮城県大崎地域,特に大崎土地改良区を対象として,土地改良事業からみた水管理とそれにかかる農業従事者の現状を明らかにし,今後の水管理に伴う課題を検討するものである。

2.「大崎耕土」と世界農業遺産

 本研究で対象とする世界農業遺産の範囲とされるのは,宮城県大崎市に加え,色麻町,加美町,涌谷町,美里町の1市4町となっている。また,本地域は,江合川,鳴瀬川の流域の範囲位置し,かつてより「大崎耕土」(大崎地域)と称されてきた。この地域の農業システムが未来に残すべく「生きた遺産」として,2017年(平成29)12月に世界農業遺産として認定された。大崎地域が世界農業遺産の認定に際し,注目されたのは「巧みな水管理」である。大崎地域は,江合川と鳴瀬川の流域を背景として現在でも東北地方を代表とする水田地帯として位置づけられている。本地域は,季節風である「やませ」による冷害や,地形的要因による洪水・渇水の影響を受けやすかったが,水田農業を安定化させるための水管理とその組織が重要な役割を果たしてきた。この水管理を象徴的に示しているのが,中世以降,流域全体に散りばめられた取水堰,ため池などの水利施設である。そして,その水管理を運営してきたのは「契約講」と呼ばれる相互扶助組織であり,水資源の配分調整,渇水時の「番水」や用水の「反復水利用」など可能とする農家主体の配水調整する組織である。しかし,本地域の「巧みな水管理」も現状では担い手不足や高齢化によって個別管理は難しくなってきており,合理的な灌漑排水システムと圃場規模の拡大により広域的な管理体制が求められている。

3.大崎土地改良区における土地改良事業と水管理 

 世界農業遺産に認定された大崎耕土の水管理は,主として15の土地改良区が事業の運営を担っている。今回事例とする大崎土地改良区(4,756ha)は,江合川水系に位置する。土地改良区では,安定した水源の確保,用水路の管理・整備,稲作の効率性を高める圃場整備事業の推進を主たる業務としてきたが,近年では施設管理,排水管理,安全管理などにも及んでおり,求められる役割が大きくなっている。それに対して,米価低迷に伴う収支悪化による稲作経営からの撤退,土地持ち非農家の増加など,土地改良にかかる組合費(賦課金)の増加が見込めておらず,設備の近代化や効率性を企図した圃場整備事業の推進は土地改良区の運営見通しを厳しいものにさせつつある。とりわけ,稲作経営農家の減少,さらには農地の担い手の集積という構造再編の方向性は,土地改良事業による農地基盤の整備の成果に負うところが大きいものの,担い手の減少による水管理の費用負担問題や水管理の形骸化を生み出している。つまり,土地改良事業は,水田農業の合理化,省力化,そして効率化に大きく貢献してきた一方で,水田から農業従事者の存在を希薄化させることによって,土地改良区自身の業務を拡大させるという皮肉な結果をもたらしている。農地と同様に水資源は水田利用を維持,継続していくための農業インフラとして極めて公共性を帯びた存在である。世界農業遺産の認定によって,にわかに水田利用と管理に注目が集まっているが,足元では構造再編が着実に進むことによって新たな矛盾が発生している。

文献

武内和彦 2013『世界農業遺産-注目される日本の里地里山』祥伝社新書.

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