Ⅰ.目的と方法
本研究は,平成の大合併に対して起こった合併反対運動について, 社会運動の地理という視点から明らかにする.特に地方議会の提出し た報告書,主催した会,議事録との関係性を時系列ごとに整理して分 析を行う.
合併問題に関する既存研究では,合併の全国的な傾向に関して,通勤 圏や広域市町村圏との整合性を示したもの(久井 2018),地方交付税 削減策と市町村合併の関係について示したもの,合併後の行政や地域 振興の課題を議論するもの(久井2020)が挙げられる. 一方,合併協議を経て単独自治を選択した自治体については研究が すすんでいない.自治選択へのプロセスを地域の社会運動としてとら え,そこに現れる地域イメージやその形成主体を明らかにすることで, 今後の小規模自治体のあり方を議論するうえでの重要なモデルケー スを提供しうると考える.
Ⅱ.産業構造と利害関係
長崎県小値賀町では,旧宇久町漁協と合併した宇久小値賀漁協組合, 農業研修などを担う小値賀担い手公社,民宿や観光案内・企画を行う観 光協会,飲食店や小売店などをまとめる小値賀島商工会議所が主なス テークホルダーとして挙げられる.このうち特に商工会議所の発行し ている青年部の広報誌において,役場がなくなることによって商店街 が衰退するデメリットが大きいことを中心として,合併反対運動が行 われていた.一方で,住民投票前には合併推進派による新たな広報誌の 発行も確認されている.
これらの資料を時系列ごとに整理すると,商工会議所は当初中道的 な内容の広報誌だったものが,議会の提出した合併に関する中間報告 書が認知されて以降,合併反対に舵を切り替えた.それに対し,同時期に この広報誌と対立する関係にある民間の広報誌は確認できず,合併推 進派が広報誌などの大きな活動を始めたのは,合併反対派の候補者が 町長として当選して以降となる.このことから,町内の合併に関する社 会運動は,議会の中間報告書の認知,町長選挙の二つを大きな転換点と していることがわった.
Ⅲ.議会の活動と地域イメージの形成
久井(2020)において,地方自治体が発した地域イメージを受容する 住民側からの視点について十分に触れられていないことを課題とし て挙げていた.これに対して本分析では,議会の発行した中間報告書に おいて,議会の示したイメージが町内のさまざまな運動や広報誌で取 り上げられたことが分かった.このイメージには,役場が存在すること で生じている経済効果や,観光業を積極的に取り組むことで町の活性 化を図ること,町の財政は地方交付税が削減されたとしても,その規模 を縮小することで維持・改善することができる,といった理由から,合 併をするメリットが小値賀町にはほとんどないことが示されていた. ここから,小値賀町議会が提案した町の将来像に関するイメージが,中 間報告書の認知や社会運動の中で,様々な形で共有され,議論を生んだ ことが明らかになった.
Ⅳ.参考文献
久井情在 2018.広域市町村圏と「平成の大合併」の整合性とその地域 差.(地理科学73-1, pp21-33)
久井情在 2020.中心核なき合併市町村の地域振興政策における地域イ メージ戦略−山梨県北杜市を事例としたスケール論からの考察−(地. 学雑誌129(1), pp71-87)