1.研究の背景と目的
2015年9月の関東・東北豪雨や2018年7月の西日本豪雨など,近年,強い勢力を維持したまま日本列島に接近,上陸する台風や局地的豪雨の発生数には上昇傾向が見られる(塚原,2019)。2019年10月には,令和元年東日本台風が日本各地で猛威をふるい,とくに関東・東北地方を中心に河川の氾濫が生じた。多摩川下流域では,多摩川と谷沢川・丸子川に囲まれる世田谷区玉堤地区で甚大な被害が発生した(図1)。玉堤地区の浸水範囲については,いくつかの既往研究が速報として公表されているが,ばらつきが大きい。そこで本研究では,玉堤地区を中心として生じた浸水域の最大範囲および浸水深などについて現地調査結果をもとに報告する。
2.研究方法
浸水範囲を予察するため,はじめに浸水翌日の2019年10月13日に国土地理院が撮影した正射写真から砂泥痕を判読した。そして,現地調査による浸水痕の高さの計測と聞き込み調査をもとに,浸水範囲を推定した。浸水地点のプロットや浸水範囲の図化,航空レーザ測量による5mメッシュ標高の表示等はQGISを用いた。
3.玉堤地区における浸水範囲,および浸水深の特徴
調査の結果,世田谷区による浸水深の公表地点2地点を合わせた計14地点について浸水深を得ることができた(図2)。浸水深は,最も深いところで2m前後に達していたことがわかった。これら浸水深の深い地点は,土地条件ではいずれも旧河道の下流端付近に位置し,地形条件を反映している。また,玉堤地区における最大浸水範囲の面積は,およそ37haと見積もられる。玉堤地区は南北を多摩川の堤防と武蔵野台地に挟まれた,言わばすり鉢状の地形を呈している。このため,浸水範囲はもっとも標高の低い,地区の中央部分(標高約6.0-10.9m)に北西—南東方向に延びて広がった。このような地形条件から,玉堤地区には排水樋管や余水吐といった河川管理施設が多く存在する。しかし,一部の施設では浸水時に適切な運用が行われず,多摩川の河川水の逆流が発生したとされ,浸水範囲にはこの影響が含まれていると考えることができる。