近年、都心機能の侵入がみられる都心周辺地域は、イメージの向上、建築物の更新、商業機能の充実、住民属性の上昇の相互連関によって変化し、ジェントリフィケーションに至るとされている(Rettberg 2011;池田 2018)。都心周辺の変化を把握する上で、イメージ、建築物、商業機能、住民属性の4つの側面に注目することは有効であると考えられるが、これらの価値上昇が一方的に生じているわけではない。高円寺、下北沢など東京の都心周辺においては、魅力的とされる街が存在する。そこでは、新旧の建築物が混在し、多様な住民属性が居住し、様々な商業活動が行われており、現代の都市計画において希求されているソーシャルミクス(社会的混合)やミクスドユース(複合利用)が実現しているとも考えられる。Rettberg(2011)などでは、イメージ、建築物、商業機能、住民属性の4つの側面のうち、イメージの変化が他の側面の変化をもたらすとされる。 本報告では、都心周辺地域として高円寺を取り上げ、その場所特性を把握するにあたり、4つの側面の中でもイメージを取り上げ、多様性や混合に留意しつつ、高円寺に対するイメージの特性を明らかにする。加えて、イメージと実体としての建築物、商業機能、住民属性との関連についても予察したい。 従来の街のイメージに関する研究では、主として雑誌等のメディアで表現されるイメージが取り上げられてきた。近年、SNS上の発言などをUGCとして利用することが行われている。ここでは、雑誌とツイッター、不動産サイトの口コミから、高円寺に対する発言を収集し、高円寺に対するイメージを把握する。 雑誌における高円寺のイメージには、1999年以前の記事は少なかった。2000年以降の高円寺は、阿佐ヶ谷や荻窪など周辺地域と中央線界隈の一つとして扱われていた。2000年以降は恒常的に音楽関係や「古着」、「インド」、「沖縄」が頻出してくる。2010年から「サブカルチャー」「下町」「落語」が頻出した。新旧の文化、国内外の他所の場所イメージが混在している。 Twitterは2010年から現在まで「高円寺」を含むツィートを集計した。結果12年間、恒常的にイベント・飲食・地名・人に関する単語が投稿されていた。2011年には東日本大震災から「デモ」や「原発」、2016年は「安保法制」関連、2020年はCovid-19関連など時事性のある単語が多い。2011年と2016年の投稿から、高円寺在住の活動家による運動が起きていることも確認できる。サブカルチャー類する単語は、2016年から恒常的に投稿されている。娯楽の場と、政治色を帯びた高円寺という2面性をここにみることができる。 不動産情報サイトの口コミを2014年から2022年にサイトに投稿された高円寺に居住経験のある人の口コミを収集した。満足な点として、商店街(店舗・業種)とイベントが多い、物価が安い、新宿までアクセスが良い、治安が良い、楽しい街が挙げられている。一方で、人と自転車が多い、夜は騒がしくて、酔っ払いが多くて治安が悪い、家賃が高い、チェーン店が少ない、という不満点も挙げられた。治安が良いとされる一方で悪い、物価が安い一方で家賃は高い、楽しいとされる一方で騒がしいとされるなど、相反する印象がみられる。 以上のように、高円寺は、新旧の文化、娯楽性と政治性、治安の善し悪しといった相反するイメージが持たれていることがわかる。この相反するイメージの共存は、高円寺の実体を反映ないし形成していると考えられる。 続いて、高円寺のイメージと関連する実体としての街の特徴を建築物、住民属性、商業活動の側面から把握することを試みる。 高円寺には木造住宅が多く、狭隘な道と袋小路が多い(山内;2016)。大規模な開発がなく、小規模な建物の更新が点在して行われている。木賃アパート、マンション、戸建て住宅など、様々な年代に建築された建物が混在する状況が生まれている。このことは、以下に示すように、多様な住民属性が居住することを可能にしていると考えられる。 2015年国勢調査の5次メッシュ統計によると、高円寺地区には20年以上居住する者の割合が約17%、5年未満の居住者の割合が約17%である。また、65歳以上のみの一般世帯数は約16%、世帯主が20〜29歳の1人世帯の一般世帯数も約16%を占める。 加えて、高円寺においては、八百屋などが立地する近隣商店街として位置づけられる商業の集積がある一方で、古着屋など買い回り品の商業集積もある。また、個性的なレストランやバー、キャバレー、風俗店、ライブハウス、演劇場もあり、多様な業種が混在している。 以上のように、高円寺の相反するイメージの共存は、実際の新旧建築物の混在、多様な住民属性、商業機能の混合と関連しているといえる。