1. はじめに
日本近海では,1986年福徳岡ノ場(以後,FOB)噴火(加藤 1988)から2021年FOB噴火が発生するまでの35年間,大量の軽石を海域へ供給する火山噴火は発生していない.しかし,2021年FOB噴火以前の日本の海岸には,多数の漂着軽石が存在していた(平峰ほか 2022).2021年8月13日,小笠原諸島の海底火山であるFOBが噴火し,その後,海域へ供給された大量の軽石が日本各地に漂着した(吉田ほか 2022;石村ほか 2022).このような軽石の大規模な漂流・漂着は,火山噴火と比較すると低頻度の現象である(Bryan et al. 2012).一方,上述のように,大量の軽石を海域へ供給する火山噴火のない期間が数十年間継続していても,日本の海岸には漂着軽石が認められる.そこで,本研究では,2021年FOB噴火以前に日本列島太平洋岸で採取した漂着軽石を分析対象として,軽石に含まれる火山ガラスの主成分化学組成に基づき給源火山を推定し,大量の軽石を海域へ供給する火山噴火がない期間における漂着軽石の生産・運搬過程を明らかにすることを目的にした.
2. 研究手法
黒潮が沖合に流れる鹿児島県龍郷町手広海岸,宮崎県宮崎市一ツ葉海岸,高知県室戸市灌頂ヶ浜,静岡県下田市吉佐美大浜,千葉県銚子市君ヶ浜の5地点(採取期間:2018年9月〜2019年8月)で採取したすべての軽石(1地点につき50〜228個)に含まれる火山ガラスの主成分化学組成分析を行った.また模式的な広域テフラ試料と過去の海底火山噴火の試料を計20個分析した.分析には高知大学海洋コア総合研究センターの共同利用機器であるEPMA(日本電子株式会社製JXA-8200)を使用した.
3. 結果・考察
軽石に含まれる火山ガラスの主成分化学組成は,5地点の計603個のうち513個が流紋岩質,75個が粗面岩・粗面デイサイト質,15個がデイサイト質であった.給源火山については,一部の漂着軽石が姶良カルデラ,FOB,西表島北北東海底火山(以後,SVI)に由来することがわかった.FOBとSVIの最新噴火は,それぞれ1986年(土出・佐藤 1986)と1924年(関 1927)である.そのため,FOBとSVIに由来する漂着軽石は,少なくともそれらの噴火以前に海域へ供給されたと考えられる.したがって,FOBとSVIに由来する漂着軽石の存在は,1回の火山噴火により大量に漂流した軽石が少なくとも数十〜百年程度は海岸に存在し続けること示している.
九州南部の姶良カルデラに由来する漂着軽石は,「噴火直後に漂流したものである可能性」と「一次堆積の火砕流堆積物に含まれる軽石が最近の斜面物質移動により海域へ流入したものである可能性」が考えられる.約3万年前に姶良カルデラで発生したAT噴火に伴い噴出した火砕流堆積物は,給源付近で火砕流台地(シラス台地)を構成しており,給源付近の河川沿いや海岸沿いでは軽石を含む火砕流堆積物が広く露出している(Aramaki 1984,宝田ほか 2022).軽石の浮遊可能時間を考慮すると,火砕流堆積物に含まれる軽石が最近の斜面物質移動により海域へ流入したものである可能性が高いと考えられる.
4. まとめ
2021年以前に太平洋岸の5地点で採取した軽石を分析したところ,一部の軽石が姶良カルデラなどの大規模火砕流堆積物等を有する火山に由来すること,近年噴火が発生した海底火山(FOB・SVI)に由来することがわかった.火山周辺に大規模火砕流堆積物を有する火山からは,一次堆積の火砕流堆積物に含まれる軽石の再移動により継続的に海域へ軽石が供給されている可能性が考えられた.近年噴火が発生した海底火山由来の漂着軽石の存在からは,1回の噴火により大量に漂流・漂着した軽石が少なくとも数十〜百年は海岸に存在し続ける可能性が示された.