主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2023年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2023/03/25 - 2023/03/27
佐渡博物館で保管されている地球儀の話を聞き、数年後、柴田収蔵所持とされる地球儀ケースの情報を提供頂いた。受領した情報と2022年実施した調査で、柴田の娘「エン」が日清戦の戦勝記念と戦没兵追悼のため1902年に開設した明治紀念堂付設の開導館(今の博物・展示館に相当)に寄贈したポケット地球儀(ケース)と判明した。 1957年撮影(?)の「佐渡の了寛(高橋,1957)」口絵写真では、現時点(2022年)で二分される鮫皮に覆われた張り子の半球ケースは、ヒンジで接続されているが、地球儀は既に亡失している。ケースのフック側とボタン側の外径はそれぞれ84.22~84.05mm、内径は77.51~77.55mmである。したがって、失われた地球儀の直径は73〜76.2mm(3インチ)と推定されるが、77.5mmより小さいことは確実である。 フック側ケースにD’Anvilleに従いCaesar時代に知られた世界の地図が描かれ、ボタン側ケースには地球儀球面に未記載の80地点・地域名とその経緯度が南から反時計回りで記載されているが、当時のほとんどの同業者が販売していた通常の天球図を描くケースとは異なる。表中のピコ島の経度、東西の誤植は彼らの世界図編集の未熟さを物語っている。このケースは1791年発売のCary兄弟のポケット地球儀のそれと一致する。なお、Caryは、通常販売された同業者のケースと同仕様のケースに収めた地球儀も販売しているが、これは西経を東経とした致命的な誤植に気付いた後の販売であろう。 亡失の地球儀球体は、写真6(SA州立図書館蔵画像(PD)より転載)の球儀と推定される。直径は、3.5in (Dekker), 78mm (State Lib, SA), 3in (George's webpage), 3.5in (Hudson's webpage)となっており、報告者により異なる。丸め数値の差もあるが、Caryの地球儀製造・販売への事業拡張前に予告した広告文の丸写しも否定できない。 Georgeのウェブページによれば、地球儀の表面にはクックの3回の航海と「Owyhee where Cook was killed 1779」の文字が刻まれ、自国の英雄贔屓が窺われる。 さらに、Hudsonのウェブページでは、銅版印刷、手彩の12枚のゴアにはグリニッジに本初子午線があり、ドレイクの航海とアメリカ西海岸での宣言に同意し、「New Albion」が描かれているとする。 この地球儀が柴田収蔵の手元にあったのか、収蔵の娘「エン」に誰かが贈ったものなのか、現在までのところ資料は見つかっていない。 幕末にグラバーの手引で英国密航した薩摩使節団随員であった松木弘安は、伊東玄朴塾「象先堂」で柴田収蔵の5年後輩であり、収蔵の「角田桜岳」銘の地球儀製作にも協力した人物である。収蔵の日記によると、友人同道し夜間に松木宅に押掛け、幾何学を論ずるなど両者は親しい関係にあった。薩摩藩関係文物を展示する「尚古集成館」には、角田桜岳銘の地球儀(入手には弘安が介在か?) の他、松木のロンドン土産(?)が疑われるNewtonのhand globe(ハンド地球儀)が存在するが、確証はない。