主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2024年日本地理学会秋季学術大会
開催日: 2024/09/14 - 2024/09/21
アジアのメガデルタは世界有数の生産的な生態系を支え,大陸規模での経済,食糧安全保障,持続可能な開発等に重要な役割を果たしている(世界銀行,2021).しかし,これらのメガデルタにおける多様な人間活動は地盤沈下や海岸侵食,塩水侵入など様々な環境問題を誘発しており,これらに伴って各地の水環境が量的・質的に変化している. メガデルタの1つであるメコンデルタの西部を流れるカイロン川の左岸地域は,メコン川から遠く離れた位置にあってデルタ内でも標高が低く,前述した環境問題に対して特に脆弱であると考えられる.他方,この地域の主要な土地利用は1990年代以前には水田が主流であったが,2000年代以降,水稲栽培とエビ養殖のローテーションシステム(以下,稲作・エビ養殖システム)に移行した.この土地利用の変化は,地域の水の循環量や質に大きく影響することが推察される.本研究は,現地調査による土地・水利用の実態の把握と,地形や土地利用等のデジタルデータの解析を総合し,カイロン川左岸地域の地形,土地利用,水循環の関係を把握することを目的としている.本発表では,水循環について検討した結果を中心に報告する.
デジタルデータについては,標高モデル(無償データ:AW3D30,NASADEM,MERIT DEM,TOPO DEM;有償データ:AW3D Standard(2.5m))ならびに土地利用(JAXA高解像度土地利用土地被覆図(10m,30m))を取得した.現地調査については,地形や土地利用等を観察するとともに住民から聞き取り等を行った.取得したデータや情報等について,GISを用いて整理・解析を行った.
人工衛星データに基づく標高モデル(DTM)であるAW3D Standardを用いて対象地域の地形を検討した結果,地形は農地区画単位では概ね平坦であるが,地域スケールでは緩やかな起伏や勾配を有していることが示唆された.他方,地上測量に基づく標高モデルであるTOPO DEMでは,地形は沿岸域から内陸に向かって傾斜し,内陸側に海抜0m未満の区域が存在する.これらの地形の特徴をふまえると対象地域の水循環は,潮位に伴って変動するカイロン川の水位の影響を強く受けると考えられる.土地利用については,現地調査により,水稲栽培の二期作から稲作・エビ養殖システムへの転換が2000年代初頭に始まり,2016年から2017年の間に急速に普及したことが明らかとなった.この結果は,JAXAの土地利用解析結果を裏付けるものである.現在では,稲作・エビ養殖システムは特に内陸の低位部で実施されていることが示唆され,また養殖期間中には,地域住民は大潮ごとにポンプで水路の塩水を圃場に導水していることが確認された.稲作・エビ養殖システムへの転換は,地域の住民や経済に正の効果をもたらす一方で,地下水の塩水化を促進するなど水環境に負の効果をもたらす可能性が考えられ,中・長期的な視点での評価が必要である.
本研究は,京都大学東南アジア地域研究研究所の「グローバル共生に向けた東南アジア地域研究の国際共同研究拠点(GCR)」共同研究の助成を受けたものである.