日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 203
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秋田県で吹く局地風「生保内だし」はなぜ「宝風」と呼ばれるのか?
*工藤 達貴日下 博幸
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抄録

1.はじめに

 生保内だしは、田沢湖と奥羽山脈との間に位置する秋田県仙北市生保内地区で吹く東寄りの局地風である。生保内だしは稲などの豊作をもたらすとして現地住民から重宝され、400年以上前から「七日も八日も吹けば宝風」と民謡で歌われている(仲井ほか 1996)。生保内だしが「宝風」といわれる理由として、2つの対立する説が挙げられている。1つは、ヤマセが奥羽山脈を吹き越え、フェーン昇温により暖くなった風が生保内だしとして吹くから、という気候学者の説である(本谷 2018)。もう1つは、夏に吹く生保内だしが適度に涼しく、農家が働きやすくなるから、という生保内地区の郷土史研究家の説である(千葉 1973)。

 本発表では、上記2つの説のうちどれが正しいのかを統計的に明らかにした結果を報告する。また、生保内だしの季節性や継続時間、吹走時の気圧配置といった気候学的特徴も合わせて報告する。

2.データと方法

 生保内地区にある田沢湖、風上の雫石、風下の角館アメダスにおける風向風速データを用いて生保内だしの吹走事例を同定し、吹走月と継続時間を調べた。生保内だし吹走中に該当するすべての地上天気図を目視で分類することで、吹走時の気圧配置を調べた。田沢湖、雫石、角館、太平洋沿岸にある宮古アメダスの気温データを用いて、生保内だし吹走時の生保内地区及びその周辺における気温の平年偏差を調べた。

3.結果と考察

 生保内だしを同定した結果、生保内だしは4月から9月によく吹くことが明らかになった(計73.8%)。継続時間は2日以内である事例が90.2%とほとんどであり、民謡の歌詞が示すような7日以上吹き続ける生保内だしは同定できなかった。生保内だし吹走中の主要な気圧配置は、日本海低気圧型(24.7%)、移動性高気圧型(18.4%)、ヤマセをもたらすオホーツク海高気圧型(15.9%)、南岸低気圧型(14.2%)の4つであった。夏に吹く生保内だし吹走中の気圧配置は、オホーツク海高気圧型が最も多かった(33.5%)。

 ヤマセに伴う生保内だしが吹くとき、生保内地区の気温は平年と比べて低かった(平均で平年偏差-1.4℃)。ヤマセ以外の時は、生保内地区の気温が平年と比べて高く、周辺地域と比べても高かった。これらの結果から、ヤマセによる冷気移流がフェーン昇温を上回るため、夏には涼しい生保内だしが吹くと考えられる。

 本研究により、気候学者の説ではなく、地元の郷土史研究家の説のほうが正しいことが示された。

参考文献

千葉三郎 1973. 『文芸秋田』文芸秋田社.

仲井幸二郎・丸山忍・三隅治雄 1996. 『日本民謡辞典』東京堂出版.

本谷研 2018. 秋田県の気候. 日下博幸・藤部文昭・吉野正敏・田林明・木村富士男編『日本気候百科』70-76. 丸善出版.

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