日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S408
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小規模市町村における地域包括ケアシステムの広域連携とマルチレベル・ガバナンス
*畠山 輝雄
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抄録

全国の市町村では,2025年に向けて地域包括ケアシステムの構築が目指されている。同システムは,介護保険者(市町村)が地域の自主性や主体性に基づき,地域の特性に応じて作り上げていくことが必要とされている。

 小規模市町村では,医療や介護,生活支援組織などの地域資源の整備がフルセットではないため,地域包括ケアシステムに関して定住自立圏や一部事務組合などの自治体間の広域連携を活用した構築が行われている。同システムについては,新自由主義的政策の中で,高齢者の福祉や生活支援・見守りなどを政府から外部化(地域化)する中で制度設計が行われてきたため,システムというよりも地域資源間のネットワーク構築が目的とされている。また,前述のように市町村間の広域連携の枠組みが活用されると,個人・事業者,日常生活圏域,市町村,広域連携,都道府県,国という垂直的なネットワークと,各レベル内での水平的なネットワークが複雑に交わって同システムが構築されていくこととなる。

 そこで本報告では,報告者がこれまで調査をしてきた広域連携による地域包括ケアシステムの研究成果(宇和島圏域,ちちぶ圏域)を基に,マルチレベル・ガバナンスを分析視角として,小規模市町村における広域連携による地域包括ケアシステムの構築経緯とネットワーク活用状況について考察し,シンポジウムでの議論のたたき台の一つとしたい。

 地域包括ケアシステムについては、2006年頃に国から構築が推奨されはじめたが,その後度重なる制度改定が行われる中で,構築の目途となる2025年にむけてようやく成熟期を迎えることとなった。

同システムでは,高齢者が抱える解決困難な課題(虐待,ネグレクト,引きこもりなど)を医療・保健・介護などの専門職間のネットワークにより解決へ導く「地域ケア会議」と,住民間のネットワークにより地域における生活支援や介護予防サービスの提供体制構築に向けた資源開発やネットワーク構築を目的とした「協議体」が,ネットワーク構築の結節点となっている。それぞれの会議体は,個人―日常生活圏域―市町村の3レベルで設置されることとなり,各地域および各レベルの特性に合わせた構成員によりネットワークが構築されている。また、ちちぶ圏域のように,さらにその上に広域連携レベルでの会議体を設置し,ネットワーク構築を図っているケースもある。

両会議体の事務局は,それぞれ地域包括支援センター,生活支援コーディネーターが担っており,ネットワークの中心的存在となっている。

 マルチレベル・ガバナンスの議論は,EUにおける超国家の事例が中心であったが,近年は国家内の議論も出てきている。グローバルな事例では,規範遵守の弱さ,レベル間の調整不足,正統性の瑕疵のトリレンマが顕著であること,国境を越えるリージョン単位により領域が入り組むことが指摘された(西谷,2021;臼井,2015)。

本研究の調査結果では,領域が入り組むことは少なく,メタガバナンス(市町村・地域包括支援センター)の権限が及ぶ範囲であれば,上記の指摘は該当しないことがわかった。しかし,住民に対する強制力と担い手の有無(協議体の限定的設置),権限外の他自治体の財政(ICT事業の合意形成不能),権限外の分野(ごみ処理問題)などのガバナンスの課題が生じていることも明らかとなった。

このため,メタガバナンスをどのレベルに置くかが検討課題となる。小規模市町村のように市町村間の水平的連携を重視するのであれば市町村広域連携レベルにメタガバナンスを配置することが重要である。しかし,ローカルな課題解決のためのスケールアップを目的とする場合には,市町村レベルにメタガバナンスを配置することが効率的である。他方,広域連携のメリットが行き届きにくい周辺部(空間的・権限的)へのケアは市町村が補完する必要がある。

地域包括ケアシステムは,実施主体としての基礎的地域単位は市町村であるが,ローカルな地域課題の把握や解決のためにスケールダウンをして地域を狭域化するケースも見られる(日常生活圏域など)。他方,人口規模の小さい市町村ではスケールメリットを目的にスケールアップし,地域の広域化やさらに上位層(都道府県・国)との垂直的連携をするケースも見られる。つまり,市町村を中心とした地域の多層化が図られている。このように本事例は,市町村を中心とした入れ子構造による地域の多層化である。このため,同システム構築ではグローバルな事例における越境による法・制度不統一による権力中心からの中央政府の撤退(臼井,2015)は生じにくく,メタガバナンスをどの地域レベルに配置するかが検討課題となる。

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