抄録
【目的】「めでたい」「腐っても鯛」の諺で格上の特別な扱いがされるタイについて、岡山県に焦点を当てて、中世以降のその食習俗について調査することを目的とした。
【方法】 中世の岡山県での利用実態は、『吉備津彦神社史料 文書篇』、『備中吉備津神社文書 中世篇』、江戸期の後園での食生活を知る上では翻刻版『御後園諸事留帳』(上、中、下)、昭和初期は『岡山県の食習俗』等を資料とした。現代の使用状況については、日本調理科学会が主催して実施された平成15・16年度の『魚類特別調査』と平成21~23年度実施の『行事食・儀礼食』も調査対象とした。
【結果】 現代タイは全国で利用されている魚であるだけでなく、行事食・儀礼食において特別な魚として位置づけられ使用されている。『魚類特別研究』の利用件数を調査した結果では、岡山県が最多利用県に該当した。その利用の岡山県での証拠は、古くは縄文時代遺跡の骨にさかのぼる。中世では、備前と備中のそれぞれの守り神である吉備津彦神社と吉備津神社への献上品や供え物として塩タイが利用された。さらに、江戸初期の岡山城の廃井戸からタイの骨も発見された。その骨の状態から、「焼く」調理ではなく、兜を割った煮る調理で使用されたことが明らかにされている。江戸期の後楽園での宴席でも、最上階級の食材のためにタイが大きさを指定して(目の下 ○○寸)、特別な日の宴席に、特別な人のために準備され、料理されていた。この食習慣は昭和初期も継承され、婚礼など宴席にて使用されるとともに、正月に用いた「飾りたい」が田植えまで保存されていた。つまり、タイは慶事に使用する特別な食材としてその食習慣が脈々と受け継がれている魚であった。