抄録
【はじめに、目的】大脳皮質に対する反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)によって,皮質運動野などの興奮性が変化することが明らかとなっている。その一方で,近年では大脳皮質興奮性の変化をrTMSよりも強く引き起こすとされている反復4 連発磁気刺激(QPS)が注目されている。QPSとは,TMSを用いて4 発の磁気刺激をバースト上に与え,それを5 秒間隔で繰り返す方法である。QPSでは,4 連発の刺激間隔を5msec(QPS-5)で一次運動野(M1)に刺激すると,刺激した部位の支配筋から記録した運動誘発電位(MEP)は増大する。また,この変化はrTMSなど従来使用されてきたTMSの方法と比較して,QPSにおいてより長く持続する。さらに,QPS-5 をM1 に対して行うと,体性感覚誘発電位(SEP)振幅は増大することが明らかとなった(Nakatani et al, 2012)。この背景に存在する解剖学的なメカニズムとしては,ブロードマンの4 野とS1 の1 野,2 野,3a野は解剖学的に線維連絡があるため,M1 の興奮性が変化したことで,M1 からS1 への皮質間投射によりS1 の興奮性が変化したと考えることができると推察する。Nakataniらの研究ではM1 の第一背側骨間筋(FDI)支配領域にQPSを実施し,正中神経刺激によるSEPの変化を記録している。しかし,FDIは尺骨神経支配であり正中神経支配ではないため,QPSによって引き起こされたM1 の興奮性変化が,体部位に特異的にS1 の興奮性に影響しているかどうかは不明である。そこで本研究では,正中神経支配である短母指外転筋(APB)を被検筋とし,M1 のAPB支配領域に対するQPSが正中神経刺激によって得られたSEPに及ぼす影響を検討することとした。【方法】対象は健康な右利きの成人男性とした。QPSによる介入は2 種類行い,介入1 ではQPS-5 をM1 に実施した。介入2 では,コントロールとして偽の刺激(Sham)を実施した。QPSは,右APBのhot spotに対して運動時閾値の90%の強度で行った。測定項目は,MEPとSEPとし,それぞれ15 分間隔で介入前に2 回(pre1,2),介入後に5 回測定した(post0,15,30,45,60)。MEPは,単発TMSを用いて右APBから記録した。刺激強度は,安静時閾値の1.2 倍とし,8 回の平均振幅を算出した。SEPは記録電極をC3 に配置し,正中神経刺激を右手関節部で行った。刺激強度は右APBの運動閾値とした。得られた波形から,N20-P25,P25-N33 の振幅を測定した。MEPとSEPは,それぞれpre1 を基準とした各測定時期の振幅比を算出した。MEPとSEPの振幅比は,それぞれ各測定時期(pre1,2,post0,15,30,45,60)および介入条件(QPS-5,Sham)の2 つを要因とした反復測定二元配置分散分析により解析された。2 つの要因間で交互作用があった場合,その後の検定として単純主効果の検定を行った。いずれも有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に沿って実施した。また,事前に研究内容等の説明を十分に行った上で,同意が得られた被験者を対象として実験を行った。【結果】MEP振幅は,各測定時期と介入条件に交互作用があった。そしてQPS-5 では,pre2 と比較してpost0,15,30,45,60 で有意にMEP振幅が増大したのに対して,Shamでは変化がなかった。また,post0,15,30,45 では,Shamと比較してQPS-5 において有意にMEP振幅が増大した。一方SEPは,N20-P25 の振幅において各測定時期と介入条件に交互作用がなかったが,P25-N33 の振幅において各測定時期と介入条件に交互作用があった。そしてQPS-5 では,pre2 と比較してpost15 で有意にP25-N33 の振幅が増大したのに対して,Shamでは変化がなかった。また,post15,30 では,Shamと比較してQPS-5 において有意にP25-N33 の振幅が増大した。【考察】QPSの介入を行った先行研究では,全てFDIを対象とした研究であったが,本研究結果から,MEP振幅が誘発されやすいFDI以外の筋でもMEP振幅は増大することが示された。また,SEPの結果から,P25-N33 の振幅においては, M1の興奮性増大に伴い,S1 の興奮性を体部位に特異的に増大させたと考える。一方,N20-P25 の振幅は介入前後で変化しなかった。N20-P25 の振幅は起源が3b野,P25-N33 の振幅は起源が1 野や2 野である。また,M1 の4 野と3b野は解剖学的に線維連絡がないが,1 野や2 野には線維連絡が存在する。そのため,M1 の興奮性増大に伴い,体部位に特異的にS1 の1 野や2 野の興奮性が増大したと示唆される。【理学療法学研究としての意義】本研究により,M1 に対するQPSの介入を行うことで,S1 の興奮性が変化したため,QPS の介入後では,末梢からの感覚入力に対するS1 の応答性が変化する可能性が示唆される。理学療法の対象となる症例では,感覚鈍麻により協調的な運動を行えなかったり,運動学習が進まない症例が多くいる。そのような症例に対して,理学療法の前のコンディショニングとしてQPSを用いることにより,運動学習などがより効率的に行える可能性がある。