抄録
北アメリカ由来のモンゴロイド5集団と東アジア由来のモンゴロイド2集団およびコーカソイド1集団の頭骨について,3組の顔面平坦度計測をおこなった.モンゴロイド集団は,オンタリオ•イロコワ,カナダエスキモー,イヌピック系とユピック系のアラスカエスキモー,アレウト,モンゴル人,グアム島のミクロネシア人で,コーカソイド集団は東インド人である.調査した資料の詳細は表1に示した.このほかに,YAMAGUCHI(1973)が報告したアイヌと日本人の計測データを比較に用いた.
計測法はYAMAGUCHI(1973,1980)にしたがい,前頭部,鼻骨および頬上顎部の平坦度計測がおこなわれた.その結果は,それぞれ表2,3,4に示すとおりである.前頭,鼻骨,頬上顎の各平坦示数の男女間の相関を SPEARMAN の順位相関係数で計るとかなり高い値が得られ,いつれも1%水準で有意であった.
3つの平坦示数の3次元分布図(図2と図3)を描くと,鼻骨平坦示数は変異の幅が大きすぎるので,前頭平坦示数と頬上顎平坦示数の組合わせが,モンゴロイドとコーカソイドを分類するのにより有効であると思われた.モンゴル人は男女とも,いつれの示数も小さく,顔面がとくに平坦であることがうかがわれた.
平坦示数のみの比較では不十分と思われたので,前頭部,鼻骨および頬上顎部の6項目の計測値を用いてPENROSE の形態距離を求めたが,その結果は表5に示した.形態距離も男女間の相関が高く,SPEARMANの順位相関係数は0.97で,0.1%の水準で有意であった.距離マトリックスを類似度マトリックスに変換して,主座標分析をほどこしたが,その結果を2次元に展開したのが図4である.各集団の位置関係は男女間でほぼ完全に一致している.また,エスキモー3集団の位置関係も,地理的•言語学的関係とほぼ一致している.日本人とオンタリオ•イロコワが比較的近い位置を占めているが,この関係は山口(1981)が頭骨計測値の判別分析ですでに指摘したところである.
エスキモーの鼻骨平坦示数は東インド人のそれと同等か,それをやや上まわる値となっているが,これはエスキモーの鼻骨が幅狭くしかも突出している(いわゆる "pinched")ためである.エスキモーの "pinched nasalia" については, HYLANDER (1972) が結論したように,生物力学的観点から説明するのが妥当かと思われるが,より厳密な解釈にはな一層の研究が必要であろう.