本稿の目的は,医療や福祉の領域で調査研究する際の人類学の基本的な思考様式と実践方法について提示することである。まず,文化人類学の基本的なスタンスとして,「差異(違い)」に着目することと異文化理解に対する「構え」について説明する。その構えの重要なエッセンスとして,異文化を通して自文化とは何かと問う「相対化」という態度について述べる。続いて,人類学者の主な仕事であるフィールドワークとエスノグラフィに関する重要な視点を述べる。フィールドワークとは,フィールドというアウェイに身を置くことであり,それは人類学者の専門性の問題と重なること,また参与観察を中心とする調査ではインタビュー調査に限定されないデータ収集になることを指摘する。エスノグラフィに関しては4つの視点を指摘する。一つは,専門用語と民俗用語の使い分けという視点であり,2つ目は「全体的社会事実」と「部分的真実」という視点,3つ目は文化の「動態性」と「混淆性」という視点,そして4つ目は研究者とフィールドとの地続きの地平を模索する視点である。加えて,医療福祉領域での調査研究に求められる「研究倫理」に関する私見を述べる。倫理委員会が規定する普遍的な倫理よりも,フィールドの関係者との対話から生まれるローカルな倫理の重要性について指摘する。最後に,人間の学としての人類学と看護学にとって共通する課題について述べる。