抄録
【はじめに】Sprengel変形とは,一側の肩甲骨が高位に位置している先天的な肩関節の異常である。当センターではSprengel変形に対して肩甲骨・頚椎棘突起を結ぶ肩甲脊椎骨の摘出,僧帽筋,菱形筋の剥離,ワイヤーによる肩甲骨引き下げ術を施行している。今回,Sprengel変形に対する肩甲骨引き下げ術後の理学療法を行い若干の知見を得たので報告する。【症例】VATER症候群と診断され,右Sprengel変形を有する5歳の男児である。術前の右肩関節ROMは屈曲140°,外転90°(他動),右肩関節周囲筋力MMT3から4であった。姿勢観察では,肩甲骨は左側に比して右側が5cmほど高位にあり,右肩甲骨が左に比べ小さかった。平成14年5月22日腸骨と棘下窩下方を結ぶワイヤー(以下,腸骨ワイヤー)と棘上窩から第7胸椎棘突起を結ぶワイヤー(以下,棘突起ワイヤー)による肩甲骨引き下げ術を施行された。6月25日腸骨ワイヤー抜釘し,7月22日棘突起ワイヤーの抜釘を行った。 腸骨ワイヤー抜釘後2日目より理学療法を開始し,背臥位にて右肩関節他動的ROM 練習,肩関節周囲筋筋力強化練習を行った。棘突起ワイヤー抜釘後は肩甲骨の安定性を得られるよう複合動作である腹臥位肘支持と四つ這い姿勢保持練習を追加した。【結果】評価は背臥位,坐位での肩関節屈曲,外転の自動ROMを測定し,肘支持姿勢観察を行った。棘突起ワイヤー抜釘直後では背臥位で屈曲145°,外転130°,坐位では屈曲90°,外転90°であった。肘支持姿勢は,左右の肩の高さに非対称が見られ,右に比べて左肩甲帯が挙上位であった。棘突起ワイヤー抜釘4週後には背臥位で屈曲160°,外転160°,坐位では屈曲130°外転は145°に改善した。肘支持位では,左右の肩の高さはほぼ対称となった。【考察】自動運動における肩関節屈曲・外転は肢位による相違が見られた。Sprengel変形では僧帽筋下部線維の萎縮が認められる事が多い。また,手術において僧帽筋,菱形筋の剥離が広範囲にわたり行われるため,肩甲骨の胸郭に対する安定性が低下することが報告されている。今回,坐位に比べて背臥位で関節角度の増加が見られたのは,床面と肩甲骨が接触することにより胸郭に押し付けられ,安定性が得られたためではないかと考える。一方,坐位では肩甲骨を胸郭に固定できないため,上肢の挙上が困難であったと推測した。そのため,すべてのワイヤー抜釘後から,肩甲骨の安定性向上のために肘支持保持や四つ這い練習を取り入れることにより,菱形筋,僧帽筋の働きが促され肩関節の可動域が改善したと考えられる。よって,Sprengel変形に対する肩甲骨引き下げ術後の理学療法では,肩甲骨の安定性に対するアプローチを積極的に行う必要があると考える。