抄録
【はじめに】肩関節の運動には肩関節複合体を構成する関節の運動だけでなく脊椎の運動も必要となることはよく知られている。上肢挙上運動と腰椎・胸椎運動との関係についてはいくつか報告されており、実際に腰椎・胸椎に対するアプローチにより肩関節運動時の痛みや関節可動域(ROM)制限が改善する症例を経験することもある。一方、上肢挙上時の頸椎の運動に関する報告は見られないが、臨床において頚椎へのアプローチにより前述の症状が改善する症例も経験する。そこで今回は上肢挙上と頚椎運動の関連について調査し、若干の知見が得られたので報告する。【方法】対象は本研究の趣旨に同意の得られた肩関節・頚部に愁訴のない健常成人11名(平均年齢25.2±3.2歳,男性5名,女性6名)とした。利き手は被験者全て右側で、測定は全被験者が右上肢で行った。頚椎運動の分析にはX線を用い、肩関節屈曲0°、180°の各肢位で正面と側面から頚椎のX線撮影を行った。X線画像上での頚椎各髄節の運動の分析は以下の方法で行なった。1)側面からのX線画像上にて上位椎体下側縁と下位椎体上側縁のなす角を使用し、屈曲・伸展を調査した。2)正面からのX線画像上にて上位椎体下側縁と下位椎体上側縁のなす角を使用し、側屈を調査した。3)正面からのX線画像上にて椎体右外側縁から棘突起までの距離を椎体の横径で除した値を用いて回旋を調査した。この値は棘突起が右側へ動けば(左回旋)小さくなり、左側へ動けば(右回旋)大きくなる。尚、運動の分析は読影可能な髄節レベルで行なった。【結果】X線正面像では10名が第4頚椎から第1胸椎、1名が第5頚椎から第1胸椎まで読影可能であった。X線側面像では9名が第2頚椎から第6頚椎、2名が第2頚椎から第5頚椎まで読影可能であった。X線画像上での頚椎各髄節の運動は以下の結果となった。1)屈曲・伸展:第2頚椎から第6(5)頚椎間全体を通し10名に屈曲がみられ、1名に伸展(第6頚椎のみ屈曲)がみられた。2)側屈:第4(5)頚椎から第1胸椎間全体を通してではすべての被検者において右(運動側)側屈がみられた。7名においては左側屈する椎体がみられた。3)回旋:第4(5)頚椎から第1胸椎間全体を通して8名が右回旋、3名が左回旋していた。11名中3名に反対側へ回旋する椎体がみられた。【考察】一側上肢の最大挙上時には体幹の伸展と反体側への側屈が伴うとされており、今回みられた頚椎の屈曲と運動側への側屈はそれらに対する平衡反応による可能性が考えられる。また、運動側への回旋は側屈に伴うcouple movementとして生じ、反対側への回旋は頚椎棘突起に付着する僧帽筋などの収縮によって生じている可能性が考えられる。頚椎へのアプローチが肩関節運動に影響を与えるのもこれらの機序との関連が考えられるが、肩関節のROMや筋力とそれに対して必要とされる頚椎などの脊椎運動との関係は不明であるため今後の課題として検討していきたい。