抄録
【はじめに】慢性腰痛症は,日常の理学療法場面でも頻回に遭遇する疾患であり,アメリカではこの疾患に対する保健医療でのコストの増大が非常に重要かつ問題視されている.今まで我々は,この疾患の発生要因の一つとされるリフティング動作の解析を健常者に対して表面筋電図を用いて行ってきたが,今後この疾患を有する患者に対する臨床治験を施行する前段階として,表面筋電図を用いた慢性腰痛症の評価とこの疾患に対する最近の考え方を調査したので,考察を加えて報告する.
【方法】1965年から2002年10月までに医学情報検索サイト「MEDLINE」に収載されている英語医学論文のうち,一次検索条件を「SEMG,”surface EMG”,”surface electromyography”」とし「clinical trial,controlled clinical trial,randomized controlled trial」に該当する条件で検索,該当した142件に対して二次検索条件「”low back pain” OR “back pain” OR backache OR lumbago」を適用した結果16件が抽出された.これらの論文を入手し,本研究目的に該当すると判断される13件を検討対象とした.3件の論文の除外条件は,マニピュレーション等の特異的な治療方法による効果を検討したもの,直接的に研究対象を腰痛にしていないものとした.また,現在進行している研究が収載されている”Cochrane Library Trial Resister(CLTR)”(2002 issue 4)より慢性腰痛症に対する表面筋電図を用いた研究にどのようなものがあるかも参考にした.
【結果およびまとめ】腰痛症患者と健常者に対する特定運動課題での介入効果の判定を無作為化比較試験で行い,その有効性を証明したものが1件あり,研究のデザインと結果からエビデンスのレベルはGrade Bに相当すると判断されるが,複数の論文が存在しなかったためメタ分析には至らなかった.その他は,特定運動課題の決定のために健常者を用いて筋の選択的動員の可能性を調査したものが2件,単純な動作あるいは静的課題を用いて健常者と腰痛患者の筋活動特性を調べたものが6件,周波数特性を扱うものが3件,腰痛治療器具の効果を判定するものが1件であった.器具の判定を行った以外の12件はすべて1997年以降の論文であり,そのうち3件が特定の運動課題として脊柱の安定化機構に焦点を合わせたものであった. CLTRにもこの点に着眼した研究が数件あることから,慢性腰痛に対する今後の理学療法として,筋の選択的動員を目的とした運動介入方法と表面筋電図の使用法が確立されていくものと考えられた.いずれの研究においても,表面筋電図によるデータ収集の信頼性,再現性が高いとの結果が報告されていたが,標準化手順として最大筋力に対する割合を使用することが腰痛症患者において困難であるという問題提起もあり,適切な解析方法の検討も必要であると思われた.