抄録
【はじめに】ヒトが歩くときにまず地面と接する部分は足底である。足底部での様々な情報の入力は足底部の感覚を介して知覚される。健常人であれば、これらの事を無意識下で行っているが、脳卒中片麻痺患者においては、視覚の代償により足部の位置を確認していることが多く認められる。そこで今回、片麻痺患者に対して足底部への認知課題を行い、効果が得られたので報告する。【症例紹介】平成14年1月5日左基底各部の穿通枝梗塞を発症し右片麻痺を呈した64歳男性。2月5日当院へ入院となりPT開始となった。PT開始時、Brunnstrom stageは上肢I,手指I,下肢IIIであり、深部感覚は軽度鈍麻であった。端坐位保持は可能、歩行は平行棒内軽介助レベルであった。【理学療法経過】訓練開始当初は坐位にて足底でのボールの硬度と素材の識別・膝関節位置覚認知課題・立位にてヘルスメーターを用いた荷重量の正中化等の認知課題を行った。ボールは表面に凹凸があり柔らかいものと、表面に光沢があり硬いものの2種類を用いた。訓練開始より1ヶ月経過し、上記の認知課題が可能となったところで足底でのボールの3点保持(踵部・母趾球・小趾球)を行った。その際、3点での接触を認識されているか確認した。また、課題は開眼から閉眼へと移行した。閉眼での保持も可能となったところで3つのボールのうち1つだけ素材の違うボールを用い、その場所を解答してもらう認知課題を行った。これらの認知課題の歩行への影響を捉える為、ボールの3点保持を行い始めると同時に10m歩行スピードを計測し、経過観察した。【訓練結果】訓練開始時、麻痺側荷重量は14kgであったが、訓練開始から10日で荷重量の正中化が可能となり、最大荷重量25kgと全体重の半分以上の荷重が可能となった。その後、T字杖での10m歩行は44.44秒であったが訓練経過と共に歩行スピードは向上し、27.39秒となった。訓練開始から2ヶ月後、病棟内T字杖歩行自立となり、3ヶ月後自宅退院の運びとなった。【考察】正常歩行の立脚期における重心移動は踵部から始まり、小趾球,母趾球へと行われる。しかし、脳卒中片麻痺患者に多く見られる内反傾向は足底接地を正常に行うことを阻害し、歩行の不安定性へと影響する。今回行った認知課題は歩行時の重心移動を考慮し、踵部・小趾球・母趾球の3点に対して知覚情報を入力したものである。また閉眼下で課題を遂行するため、体性感覚情報へ注意を集中することとなる。今回、歩行能力の向上に足底部の認知課題の施行が有効であったことが示唆された。