抄録
【目的】演者は脊髄損傷者のプッシュアップ動作に関して,動作を垂直型,混合型,回転型の三つのストラテジに分類し(第33回本学会),各ストラテジ別にプッシュアップ動作能力を規定する身体機能因子を明らかにした(第9回WCPT)。今回はこれらの規定因子がどの程度であれば良いのかという基準値の設定を試み,更にプッシュアップ動作獲得過程における規定因子の推移についても検討した。【方法】対象は脊髄完全損傷者(ASIA Scale A及びB)43例,年齢は18から49歳,平均27.9±8.4歳,損傷高位の内訳は,C6:27例,C7:5例,C8:4例,T4:3例,T5:2例,T8:2例で,全対象者とも口頭での説明と同意を得た。 プッシュアップ動作能力規定因子の基準値の決定は,先行研究にてプッシュアップ能力との間に有意な相関が確認された国立リハビリテーションセンター対麻痺・四肢麻痺起居移動移乗能力スコア(以下NRCスコア)にて各動作が可能となる14点を,プッシュアップ最大高とNRCスコアとの回帰式に内挿し,まず基準となるプッシュアップ最大高を決定した。次にプッシュアップ最大高とプッシュアップ能力の各規定因子との回帰式より,プッシュアップ最大高の基準値における各規定因子の値を算出した。以上の処理はプッシュアップ動作の三つのストラテジ別に行った。 更に上記の対象者内の頸髄損傷者10例について,理学療法期間中にプッシュアップ最大高,各規定因子,NRCスコアを二回に渡り計測し,比較検討を行った。【結果と考察】NRCスコアとの回帰式より求めたプッシュアップ最大高の値は,垂直型:78mm(r=0.454,p<0.05),混合型:125mm(r=0.541,p<0.05)であった。垂直型と混合型を一群とすると98mm(r=0.642,p<0.01)であった。垂直型のプッシュアップ最大高の基準値を80mmとすると,規定因子の予測値は,脊柱後弯率:0.21(r=0.659,p<0.01),肩甲骨外転自動運動域:100mm(r=0.508,p<0.05)であった。同様に混合型のプッシュアップ最大高の基準値を125mmとすると,規定因子の予測値は肩甲骨外転自動運動域:84mm(r=0.547,p<0.05),体重当り肩甲骨外転力:4.8N/kg(r=0.373,p<0.10)であった。垂直型と混合型を一群としたプッシュアップ最大高の基準値を100mmとすると,規定因子の予測値は体重当り肩甲骨外転力:5.0N/kg(r=0.546,p<0.01),肩甲骨外転自動運動域:95mm(r=0.502,p<0.01)であった。 理学療法期間中に二回の計測を行った10例中7例にプッシュアップ最大高の増加が認められ,うち5例は動作ストラテジが垂直型から混合型へ移行した。この5例ではプッシュアップ最大高は平均64.4±32.0mmから平均140.6±40.8mm(p<0.05)と大幅に増大したが,先述の規定因子は有意な改善を認めなかった。しかし垂直型・混合型を一群とした際の規定因子である体重当り肩甲骨外転力は5例中4例が増大し,肩甲骨外転力の増大が動作ストラテジの変更と最大高の増大に寄与する結果を伺わせた。