抄録
【はじめに】高齢者の転倒とバランス能力には密接な関係があると考えられているが、静的な立位バランスは必ずしも歩行時のバランス能力を反映しないという報告がある。これまでの報告は、静的立位バランスについて述べられたものが大半で、動的立位バランスについて述べられたものは希少である。そこで今回、高齢者群と若年者群において静的バランスに加え動的バランスを測定し、比較・検討したので報告する。【対象と方法】対象は、当院に通院する高齢者(65歳以上)で、日常生活における主な移動手段が独歩且つ過去1年間に転倒歴のない者の中から無作為抽出した11名(75.3±7.3歳、男性2名・女性9名)を高齢者群とした。若年者群は、健常な当院職員10名(27.4±4.4歳、男性6名・女性4名)とした。方法は重心動揺計Active Balancer (酒井医療株式会社)を使用し、以下の測定を実施した。1)静的立位バランス(開眼・閉眼):検出台上に基本的立位肢位をとり、前方のモニターに示された自らの重心位置を確認する。出来る限り重心を静止するように指示し、開眼・閉眼各々30秒間の静的立位バランスを測定する。開眼・閉眼各々の重心総軌跡長と外周面積を採用した。2)アクティブ計測:検出台上基本的立位肢位にて、前方のモニターで重心位置を確認しながら、前後左右の4方向に重心を移動させて最大重心移動位置を測定する。その後モニターに順次示される前後左右の目標(最大重心移動位置)に重心を移動させ、目標位置に達するまでに要した時間(目標到達時間)と距離(目標到達距離)を採用した。3)ステップ計測:検出台上の定められた位置に左足を軸足(固定肢)として乗せ、右足をステップ足(移動肢)として位置させる。モニターには前後に順次移動する目標が示され、その目標上を出来るだけ速やかに右足を移動させる。その際の目標到達時間と目標離脱時間を採用した。統計処理には、得られた測定値を高齢者群・若年者群間でt検定を行い、また年齢と各測定値との間でピアソンの相関係数を求め相関検定を行った。各々有意水準は5%未満とした。【結果】2群間でt検定の結果、アクティブ計測の重心目標到達時間に極めて有意な差を(p<0.01)、ステップ計測の目標離脱時間に有意な差を(p<0.05)認めた。また年齢と各測定値との相関は、静止立位重心総軌跡長(閉眼)で有意水準5%、その他のすべての項目に有意水準1%レベルで正の相関を認めた。【考察】高齢者は静的環境下より動的環境下において若年者よりバランス能力が劣り、また加齢とともに静的・動的バランス能力が劣っていくことが示唆された。また、視覚モニターを用いたことより視覚情報処理速度の遅延も考えられた。よって、転倒予防には既知の筋力増強運動に偏重せず、動的環境下にて視覚的なフィードバックを利用したバランス練習など、多角的な介入を検討する必要がある。