抄録
【目的】人工炭酸泉浴は炭酸ガス(CO2)の経皮的侵入によって末梢血管拡張、血流量増加、組織酸素分圧上昇、微小組織循環改善などの生理的作用を有し、臨床効果として高血圧症や末梢循環障害、褥瘡などに対する改善効果が報告されている。しかし、呼吸器疾患に対する影響についての報告はみられない。そこで、今回我々は酸素飽和度の低い酸素投与患者1例に対して人工炭酸泉浴を施行した結果、若干の知見を得たので報告する。【症例と方法】症例紹介:当院に入院する高炭酸ガス血症を伴わない重症肺炎後呼吸不全の60歳の男性。レントゲン上ブラを伴う陰影が見られ、胸郭可動性は低下していた(右<左)。Hugh-Jonesの分類で5度であり、会話や更衣動作時に息切れがし、トレッドミル歩行時に休息が必要だった。方法:37℃の炭酸泉浴を1回15分間、リラックスした座位にて下腿中央部より末梢部分を浸水する足浴を週3回2週間行った。評価指標として、経皮的動脈血酸素飽和度(以下SpO2)をパルスオキシーメーターにて浸水10分前より浸水後10分まで1分毎に毎回経時的に測定した。また5分おきに血圧を測定した。人工炭酸泉は高濃度人工炭酸泉製造装置(三菱レーヨン・エンジニアリング)を用いて作製され、その濃度は1000ppmに調整された。【結果】炭酸泉浴開始時のSpO2は浸水前手指では右94%左94%、足趾右95%左88%、浸水後手指では右97%左97%、足趾右97%左97%であった。炭酸泉浴開始から2週経過時では、浸水前SpO2は手指では右96%左96%、足趾右97%左97%、浸水後手指では右97%左96%、足趾右98%左97%であった。浸水中の血圧はやや低下し、心拍数は浸水前に比べてやや減少傾向にあった。また、炭酸泉浴開始2週間後には、会話時の息切れが減少し、トレッドミル歩行が休息なしに可能になった。 【考察】炭酸泉浴では経皮的に侵入するCO2により、皮膚血流の増加やSpO2が上昇することが知られている。本症例においても、炭酸泉浴開始時には炭酸泉浴によりSpO2が上昇した。これは、経皮的に侵入したCO2によるものと考えられる。2週間後には浸水前のSpO2は測定した全域で開始日の浸水後のSpO2と同じ値を示した。しかも、炭酸泉浸水後にも浸水前と同じ値であった。このことから、炭酸泉浴開始2週間後のSpO2の上昇はCO2の効果以外の要因によることが推測される。一方、2週間後には会話時や歩行時の息切れの改善が見られた。これらの結果は、この患者でのSpO2の上昇と運動能力の改善は、継続的な炭酸泉浴の適用によって呼吸機能改善がなされたことを示している。本症例は、継続的炭酸泉下肢局所浴が呼吸器疾患症状の改善に適用できる可能性を示唆している。