抄録
(はじめに)重度障害者と生活する家族は日常の様々な場面で介護ストレスと向き合っている。介護者が母親や妻であった場合等、介護者との体格差や加齢による体力の低下により、介護負担は倍増し在宅介護を崩壊させてしまうことも多く、こうした状況における福祉用具等の効果的な利用は障害者の在宅生活の成否を決定する重要な要素であるといえる。今回、重度障害者の家族で過度な介護負担により在宅介護が困難になっている事例に関わり、懸架式リフトを導入したのでその症例について報告し、福祉用具等の活用について考察する。(症例紹介及び経過)・症例1:母親(60歳)が痙直型脳性麻痺の娘(30歳)を介護。現況:ケースは体重60kgあり母親は小柄でケースとの体格差は大きい。電動車椅子でバケットシートを使用しているため移乗動作は全介助。母親の加齢とケースの体重増加により母親の腰痛が深刻な状況となっていた。経過:介護状況を確認後、リフトの使用を検討するためモデルルームで吊り具を選択する。床走行式とポータブルトイレの使用を提案するが却下。トイレ入口の構造と介助方法を確認し建築士等と使用可能な機種を選定。支柱を固定する懸架式に決定する。取り付け工事施工後フォーローアップを行う。・症例2:妻(63歳)が脊髄炎による対麻痺の夫(64歳)を介護。現況:ケースは身長178cm、体重78kgで妻との体格差は大きく、外出時に玄関の段差が大きいため車椅子から一旦床に降りて電動三輪へ移乗するが、その際の介助が困難な状況であった。経過:本人からの相談で訪問しスロープへの改造、昇降機の利用等を検討するがスペースの問題で断念。リフトの使用を念頭においてモデルルームで実験し吊り具を選択する。建築士と協議し支柱を固定する懸架式の使用を提案。玄関の構造と介助方法を確認し使用可能な機種を決定。取り付け工事施工後フォーローアップを行う。(結果及び考察)症例1はリフトの使用で排泄中に常時身体を支えていた母親の支持が不要になり、生まれて初めて排泄中1人でいられるようになった。症例2は移乗を介助する際の妻の負担が軽減し、本人、妻ともに外出に対する不安が解消した。いずれのケースも機器の導入においてはPT以外の専門職種も含めて協議することにより、介護負担の軽減には期待通りの効果をあげたが、それ以上にケース自身の家族に対する気がねや家族の健康への不安を和らげる等、精神的な面での効果も高かった。これらのことから福祉用具の導入や住宅改修は単に物理的な環境の改善やADLの変化だけでなく、障害者の自立心の向上や、介護者の精神的なゆとりを生むことにもつながっていくため、今後制度の充実も含めて、在宅介護の中で積極的に検討されるべきであると考えられる。