抄録
【目的】Hybrid mass-spring model(Holt et.al.,1990)は下肢を股関節を軸として重力と筋の弾性によって振動する単振り子と仮定する歩行モデルである.Holtらはこのモデルを用いて,健常成人,健常児,脳性麻痺児の自由歩行における歩行率を予測する研究などを報告している.筆者らは健常成人の短下肢装具装着歩行への本モデルの適用を検討し,過去にも本学会で報告した.今回は,筆者らの一連の研究過程で明らかになってきた本モデル適用の男女差の問題を掘り下げ,歩行の時間・距離パラメータに影響を及ぼす要因について検討した.【方法】健常男性16名(年齢21.1±4.3歳)および健常女性16名(年齢21.9±2.4歳)を被験者とした. 被験者に,右側には短下肢装具(足継手90度固定),左側には通常の靴を装着させてトレッドミル上を歩行させ,歩行率およびPhysiological Cost Index (PCI)を測定した.各被験者には4種類の歩行速度で歩行させ,歩行率は靴底に添付したフットスイッチにより測定した. 歩行パラメータとの関連をみる要因として,モデルによる歩行率の予測値,筋力,バランス能力および体格(下肢長,体重)を取り上げた.筋力のパラメータとして利き手の握力および立ち幅跳びの距離,バランス能力のパラメータとして片足立ちにおける重心動揺範囲および片足立ちにおける重心前方移動距離を測定した.【データ分析】各被験者について歩行速度を独立変数,PCIを従属変数とする2次回帰分析を行ったところ,すべての被験者において歩行速度とPCIには有意な関連が認められた.また歩行速度を独立変数,歩行率を従属変数とする2次回帰分析でもすべての被験者において有意な関連が認められた.そこでこれらの2次関数から,まず各被験者のPCIが最低値をとる歩行速度を求め,この速度をその被験者の最適歩行速度とした.次に各被験者の最適歩行速度における歩幅と歩行率を算出し,これらの値とモデルによる歩行率の予測値および筋力,バランス能力,体格の各パラメータとの相関分析を行った.【結果および考察】最適歩行速度,歩幅,筋力,体格には有意な男女差があり,いずれも男性の値が女性の値を上回っていた.しかし歩行率には男女差がなかった.さらに,男性ではモデルによる歩行率の予測値と実測された歩行率に有意な相関が認められたが,女性の歩行率はモデルの予測値とは無相関であった.一方,歩幅と歩行速度は男性では握力や立ち幅跳びの距離といった筋力に関する要因とのあいだに有意な相関を示したが,女性では体重・下肢長といった体格に関する要因との間に有意な相関を示した.従って,本モデルの適用範囲には限界があり,成人の歩行においては歩効率の上限を規定するような別の制約が存在する可能性もある.