抄録
【はじめに】ミラーボックス(Ramachandran 1995)を使った脳卒中片麻痺手のリハビリテーションが注目されている.我々は,その運動促通効果について簡易上肢機能検査と経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いて検討を行い,その結果を昨年の本学会において報告した.今回我々は,ミラーボックスの使用が運動野の再組織化を即時的に引き起こすという証拠を得たので報告する.【対象】健常成人8名のうち実験の基準(TMSによって誘発された運動が母指に限定され,その運動方向が一定である)を満たした6名(年齢25.7歳,男3女3名,全例右手利き)とした.実験中,被検者は肘の高さに置かれたミラーボックスの前に坐り,両上肢を垂直に立てられた鏡の左右にそれぞれ置く.また右上肢は回内位で保持できるよう成型されたアームレスト上に固定された(母指は完全に自由度が保たれ,他指は軽度伸展位に固定).【磁気刺激と誘発運動の記録】磁気刺激にはMagstim200と8字型コイルを用いた.刺激部位は左頭頂部で運動野の手の領域上とし,刺激時に右短母指外転筋の筋活動が得られる場所とした.また50%の確率で右手母指の誘発運動が肉眼的に観察できる刺激強度を運動閾値とした.実験に用いた刺激強度は一定して母指のみの動きが誘発できる最小強度(運動閾値の110から120%)とし,刺激間隔は10秒とした.TMSによって誘発された母指の動きは,3次元動作解析装置Northern Digital社製OPTOTRAKで記録し(100Hzでサンプリング),内外転と屈曲伸展方向への最大初期加速度を求め,母指の動きをベクトル化し分析した.【実験デザイン】実験は,1)まず安静状態でTMSを施行し右手母指の誘発運動を記録した.2)次に被検者は,ミラーボックスの鏡に左手を映し,鏡像が右手に見えるように位置させる.その鏡像を見ながら,左母指を繰り返し動かすトレーニングを1Hzのリズムで5分間行った(実際は左手を動かしているが,被検者には右手を動かしているように見える).運動の方向は,先に観察された運動方向と180°反対方向(安静時の誘発運動が内転方向であれば外転方向)とした.トレーニング中,右手は安静を保つようにEMGにてモニターした.3)トレーニング終了直後,再び安静状態でTMSを施行し右手母指の誘発運動を記録した.【結果】被検者6名のうち1名は実験途中に強い眠気を感じたため実験を中止した.分析を行った5名のうち4名で,ミラーボックスによるトレーニング後に母指の誘発運動の方向が,トレーニングした方向に近い方向へと有意に変化した(角度変化量146±60°, t-test, p<0.01).1名はトレーニングした方向への有意な角度変化は認められなかった.【考察】ミラーボックスによるトレーニングは, 運動野への磁気刺激によって誘発される母指の運動方向を短時間で変化させた.この事実は,ミラーボックスの使用によって,神経可塑性を背景とした運動野の再組織化を引き起こしたことを示している.