抄録
【はじめに】ヒトの姿勢制御における正中位の認識は、体幹の運動空間を構成する基本とされている。しかし、脳卒中患者においては、身体と外界との相互作用を組織化する能力が制限されており、適切に知覚することが困難な状態であるといえる。今回、正中位認識の低下している一症例に対し体幹への知覚課題を行い、効果が得られたので報告する。
【症例紹介】平成15年2月5日右淡蒼球・左被殻出血を発症した78歳男性。4月1日当院へ入転院となった。リハ開始時、意識清明、高次脳機能所見には異常は認められなかった。Brunnstrom stage左上肢5・手指5・下肢4~5,右上肢・手指・下肢5、感覚は左上下肢表在軽度~中等度鈍麻・深部重度鈍麻であり、右上下肢は表在・深部共に軽度~中等度鈍麻であった。端坐位保持は軽介助~監視レベルで、背部過緊張であり腰椎を強く前弯させ保持していた。また、体幹の傾斜に対する認識が欠落しており、正中位での姿勢保持は困難であった。立位保持も端坐位と同様、背部過緊張と体幹の傾斜に対する認識の低下が認められ、介助を要していた。
【知覚課題の実際】臥位にて、背部へ素材の大きさ・硬度・位置を識別する知覚課題を施行した。2週間後、端坐位時の体幹の傾斜に改善がみられた。そこで端坐位にて、左右足底部を単軸不安定板の両端に接地させ、水平保持する課題を施行した。水平保持が可能となった段階で、開眼から閉眼へと移行した。閉眼した際、水平保持は比較的可能であったものの、体幹の傾斜が著明にみられた為、開眼し視覚情報との照合を行なったところ、本患より「こんなに倒れていたのか」との内的表象が報告された。また、課題を開眼から閉眼へと移行したのと同時期より、立位にて肋木と頭部・胸部・骨盤を等距離に保持する課題を施行した。課題施行時、本患より「お腹の力を使っている感じがする」との表象が報告された。
【結果】端坐位時の背部過緊張に対し「力が入っている」との表象が聞かれるようになり、背部の筋緊張を能動的にコントロールすることが可能となった。また、体幹の傾斜に対する認識が改善され、4週間後、端坐位の正中位保持が可能となった。支持なしの立位保持監視、四点杖歩行軽介助レベルとなった。
【考察】体幹は姿勢平衡の安定性を確保する役割があり、体幹重量の配分と脊柱の運動方向の識別により外界との空間関係を認識している。また、正中線を認識する身体受容面としての役割が大きいともいわれており、共に体性感覚情報が深く関与している。しかし、本症例の姿勢制御は視覚に依存しており、体性感覚情報を適切に知覚することが困難であったため、代償的な坐位姿勢をとっているのではないかと推察した。今回体幹に対する知覚課題を施行し体性感覚情報に注意を向けることで、体幹の傾斜や自己の身体認識が改善し、姿勢制御能力が向上したことが示唆された。