抄録
【はじめに】脳外傷者は二つの課題を同時に行う二重課題条件において、健常者に比べ課題のパフォーマンスが低下することが多いと報告されている。しかし二つの課題の一方が立位という姿勢制御課題である場合、二重課題条件下での脳外傷者のパフォーマンスについての報告は少ない。そこで今回、立位課題と数字逆唱課題を同時に行い、逆唱課題が姿勢動揺に与える影響について脳外傷者と健常者間で比較検討したので報告する。
【対象】H県立身体障害者リハビリテーションセンターを利用し、屋内独歩が自立している脳外傷者10名(脳外傷群:男性9名、女性1名、平均年齢25.2±5.6歳)と、健常者10名(健常群:男性9名、女性1名、平均年齢25.3±2.8歳)を対象とした。被験者には本研究の主旨を説明し、同意書を得た上で測定を行った。
【方法】立位課題は、重心動揺計の上に置いたフォームラバー(厚さ1.8cm)上で、閉脚立位を30秒間保持する課題とした。転倒防止のため介助者が横についた。立位課題と同時に行う課題として順唱課題と逆唱課題を用いた。逆唱課題の桁数は各対象が2回連続で正解可能な最大桁数とし、課題の難易度を統一した。立位課題を「立位課題のみ」「立位課題+順唱」「立位課題+逆唱」の3条件で各2回実施した。姿勢動揺の指標として、足圧中心の総軌跡長、動揺面積、前後・左右方向の位置の標準偏差を算出し、各条件2回の平均値を各対象の値とした。統計学的解析は群(脳外傷群、健常群)と課題条件(「立位課題のみ」「立位課題+順唱」「立位課題+逆唱」)を2要因とした反復測定による2元配置分散分析を行った。
【結果と考察】姿勢動揺の指標のいずれについても有意な交互作用、課題条件の主効果が認められなかった。動揺面積、左右方向の位置の標準偏差について有意な群の主効果が認められた(脳外傷群が健常群に比べ増大。両方ともp<0.05)。それ以外については有意な群の主効果が認められなかった。動揺面積、左右方向の位置の標準偏差について有意な群の主効果が認められたことから、脳外傷者は健常者に比べ姿勢動揺が大きいことが示された。前後方向の位置の標準偏差については有意な群の主効果が認められず、左右方向の位置の標準偏差について有意な群の主効果が認められたことから、脳外傷者は健常者に比べ前後方向よりむしろ左右方向の姿勢動揺が大きいことが示唆された。しかし有意な交互作用が認められなかったことから、逆唱課題が姿勢動揺に与える影響は脳外傷者と健常者に差があるとは言えない結果となった。二重課題の影響に差が認められなかった理由として、立位は多くの注意を必要とする課題ではなく、逆唱課題に注意が分配されても姿勢動揺に与える影響が小さかったことが考えられる。二重課題の一方が立位課題の場合、脳外傷者のパフォーマンスの低下は健常者と著明な差が認められないことが示唆された。