抄録
【はじめに】血友病とは特定の凝固因子に関わる遺伝性の出血性疾患であり,なかでも関節内での出血は頻繁に起こる。今回我々は,血友病患者における全人工股関節置換術(以下THA)施行後の症例を,これまで当院においてTHAを施行した症例25例(以下THA群)の術後経過と比較して報告する。
【症例】44歳の男性で職業は公務員,仕事内容は事務職である。11歳の時に血友病Aと診断され,中学生時代はほとんどが寝たきり状態であったという。その後,四肢の関節内出血を繰り返し,徐々に変形および拘縮が進行した。25歳の頃より左股関節痛が出現し,33歳の時に左変形性股関節症と診断。平成16年3月より左股関節痛が増悪,歩行困難となり,同年7月左股関節に対してTHAを施行した。なお症例には,個人特定情報を公開しないという条件のもと学会報告の承諾を得た。
【術前時理学的所見】視診・触診では,左肘および右膝に紡錘状の関節変形を認めた。左股関節は熱感・腫脹は無いものの,著しい可動時痛と外旋拘縮を認めた。左股関節可動域検査は屈曲45度,伸展5度,外転10度,内旋-30度で筋力検査はMMTにて2~3+であった。
【経過と理学療法アプローチ】術後4日目よりベッドサイドにて理学療法を開始。関節愛護の観点から関節可動域エクササイズは自動介助運動より行い,筋力の増強に伴い自動運動,他動運動へと進めた。筋力増強エクササイズについては等尺性運動にて行った。術後の止血管理に関しては,術創部の沈静化および術後理学療法開始に伴う関節内出血に対する予防的観点との両側面から,凝固因子製剤の投与量を調整し,凝固因子活性値の指標となる活性化部分トロンボプラスチン時間の管理を行った。術後2週より水中歩行を開始。この時期からは関節への負担を考慮し,製剤投与時間を午前と午後の2回に分けて投与することとした。術後8週にて,左股関節の可動域は屈曲70度,伸展5度,外転25度,内旋10度で筋力検査はMMTにて4まで改善し,屋外歩行も可能となったため退院となった。入院中に関節内出血を起こした可能性は,屋外歩行開始時に1度認められ,数日間の安静を要した。なおTHA群との比較で,本症例が車椅子移動を開始した期日は術後8日(THA群;8.3±1.8日),水中歩行開始までは16日(THA群;16.4±2.3日),平行棒内歩行開始までは29日(THA群;27.2±3.8日),屋外歩行開始までは44日(THA群;38.1±5.4日)で,在院日数51日(THA群;51.6±6.2日)であり,大幅な差異は認めなかった。
【考察】凝固因子製剤の予防的投与について,時間的および量的な配慮を血液内科専門医とともに実施し,各関節における状態の把握と,それらに応じた移動手段および活動量の設定を行うことで,THA群と同様の経過をたどることが可能であった。