抄録
【目的】歩行時の下腿三頭筋部の痛み(アキレス腱炎含む)の原因として,一般的に同部の筋力や柔軟性の低下,over useなどの筋肉自体の問題として捉えられている。我々は距腿関節の動きに着目し,足関節背屈時に距骨に対し,脛・腓骨(下腿骨)の前方へのすべり移動(前方移動)を誘導することにより,痛みの軽減した症例を数多く経験している。今回,それらを検証する目的で本研究を施行した。
【方法】対象は歩行時に下腿三頭筋部に痛みを訴えた整形外科的疾患の内,15名を無作為に抽出した。年齢は48.1±18.4歳(16-75歳)で男性6名,女性9名であった。歩行形態は独歩10名,1本杖4名,片松葉杖1名であった。方法は痛みのある足部を患足,対側を健足として(1)腹臥位膝伸展位での足関節背屈自動運動可動域(背屈ROM)を測定した。(2)同肢位でアキレス腱部から脛骨内果までの距離(アキレス腱部距離)を安静時と背屈時で測定した。(3)被験者患足に理学療法(PT)を施行。内容は距骨に対して下腿骨を前方移動させるmanual therapyを中心に5分程度施行した。その後20m歩行を施行し,方法(1)(2)と痛みの評価としてVisual-Analog -Scale(VAS)を測定し比較検討した。それぞれの項目を対応のあるt検定を用い,5%を有意水準とした統計学的判定を行った。被験者には本研究の趣旨と目的を十分に説明し,同意を得た上で施行した。(4)骨模型にて背屈ROMと下腿三頭筋(ヒラメ筋)の筋長を検討した。
【結果】(1)背屈ROMの比較では健足背屈ROMは-2.2±7.7度,患足-6.3±7.7度で明らかに患足背屈ROMに制限が認められた(p<0.01)。(2)アキレス腱部距離では健足の安静時アキレス腱部距離は5.9±0.7cm,背屈時5.6±0.8cmで背屈時に距離は短縮した(p<0.05)。患足では安静時距離は5.9±0.7cm,背屈時6.0±0.9 cmと有意な差を認めなかった。。(3)患足のPT施行前後での比較では背屈ROMはPT前-6.3±7.7度、PT後1.2±6.9度で明らかに改善した(p<0.001)。PT後のアキレス腱部距離比較では安静時5.8±0.5cm,背屈時5.4±0.6cmと,PT後は明らかに背屈時の距離は短縮した(p<0.01)。VASではPT前5.3±1.9,施行後2.5±1.9と明らかにPT施行後のVASは低値を示した(p<0.001)。(4)骨模型での検証では,下腿骨前方移動を抑制した背屈10度のヒラメ筋の筋長は,前方移動を誘導したときの状態より0.3 cm伸張されていた。
【考察】PT施行後,明らかに患足背屈ROMは改善し背屈時のアキレス腱部距離は短縮した。VASも低下したことにより,歩行時における下腿三頭筋部の痛みは筋自体の直接的な問題のみではなく,下腿骨の前方移動障害により2次的に同筋肉に過度な伸張ストレスが加わった結果,痛みを誘発したことが考えられた。