抄録
【目的】スポーツ選手の筋力評価として、膝伸展筋力値がよく用いられるが、座位にて膝伸展運動を測定すると、体幹伸展の代償動作が引き起こされやすいという場面に遭遇する。このことは測定時、膝伸展運動にあわせた体幹の安定性が、測定結果に大きく影響すると考えることができる。しかし、体幹の安定性には多くの要因が関与していることから、その検討を難しくしている。本研究では、コンピューター画面上に示された運動目標と実際の運動の誤差を距離で示す機器を利用して、体幹安定性を視覚入力に対する運動出力の誤差で検討し、膝伸展筋力との関連性について検討することを目的とした。
【対象】対象は本研究の趣旨に賛同し、同意を得た高校硬式野球部に所属する男子23名。平均年齢16.4±5.6歳であった。
【方法】体幹安定性を測定するために、MRシステム(Index社製、MR Back Extension)を用い、機器にプログラムされている体幹伸展運動における協調性テストを1分間行った。この協調性テストとは、パソコンのモニター上にある運動目標に対して、実際の運動が、どの程度一致するかを検討するもので、0.04秒ごとに目標と運動出力の誤差を絶対値で数値化した。
膝伸展筋力はCOMBIT CB-2(ミナト医科学社製)を用い、角速度60°/sec、180°/secでそれぞれ5回の屈伸運動を行い、最大値を採用した。測定肢位は端座位とし、運動範囲は屈曲90°から伸展0°までとした。個人の体格を考慮するため測定値を体重1kgあたりの筋力として算出した。そして、体幹伸展運動における視覚入力に対する運動出力の誤差の平均値と、体重あたりの筋力を相関関係で検討し、有意水準は5%とした。
【結果】視覚入力に対する運動出力の誤差と筋力の関係は、180°/secでr=-0.66が認められ、60°/secでr=-0.44で、それぞれの角速度において有意な相関関係が認められた(p<0.05)。
【考察】膝関節の主動作筋である大腿直筋は、下前腸骨棘に起始を持つため骨盤および体幹の安定性が筋出力に影響を及ぼすと考えられる。この際、身体の位置や状況に関する情報を中枢神経に知らせる固有受容器からの的確な情報入力に対し、敏速な筋出力に基づくフィードバック機構が働き、体幹の安定が自由度の高い動きを保障すると説明できる。今回、視覚入力に対する体幹運動出力のズレが小さい者ほど大きな筋力発揮が見られた。近年、下肢筋強化が注目されているが、今回の結果から、視覚的フィードバックによる体幹安定性と下肢筋強化を同時に行うことで、体幹が安定し、体幹と骨盤、骨盤と下肢を連結する体幹筋群の働きにより、より効率的に筋パワーを得られるのではないだろうかと考えられた。