抄録
【目的】
変形性股関節症(以下,変股症)の運動療法は一般的に股関節外転筋の筋力強化を主体に行われている.しかし我々は疼痛,歩容の改善を得るには外転筋力強化のみならず,骨盤,体幹に生じている二次的な運動連鎖機能障害(Kinetic Chain Dysfunction Syndrome:以下,KCDS)へのアプローチを重視し理学療法を行っている.運動療法介入後の歩容改善の一指標として,初期接地(Initial Contact:以下,IC)期の水平面における骨盤回旋運動に着目している.
今回,運動療法介入による効果を骨盤の角速度計測システムと日本整形外科学会股関節機能判定基準(以下,JOAスコア)を用いて検討したのでここに報告する.
【方法】
計測に先立ち,角速度センサ(マイクロストーン社製)の出力信号をTelemyo2400T(Noraxon社製)に同期させる無線計測システムを構築した.
対象は,下肢に変性疾患,疼痛のない健常女性20名(以下,健常群)と,保存療法目的の変股症患者19名(以下,変股症群)であった.
対象者は,裸足にて10m自由歩行を2回施行した.同時に踵部に貼付した圧センサの信号により,ICを同定しながら,歩行時の水平面上での骨盤角速度(Pelvic Angular Velocity:以下,PAV)をサンプリング3kHzで計測した.角速度センサの貼付部位は身体重心位置とされる第2仙骨部とした.
変股症群には,3ヶ月の介入期間中にKCDSの改善を目的とする骨盤,股関節,体幹運動を基本に運動療法を実施した.介入前後のIC時のPAV,JOAスコアの変化および健常群との比較にはt-testを用いた.
【結果】
健常群の左右IC時のPAVの比較では右回旋で有意に高値を認めた(p<0.05).変股症群では右変股症の右IC時のPAV,左変股症の左IC時のPAVで運動療法介入後に有意差が認められた(p<0.05).JOAスコアの比較では,運動療法介入後に疼痛,関節可動域,歩行能力,日常生活活動の各項目において改善が認められた.
【考察】
臨床の場で行われる歩行観察では,健常群の骨盤は,水平面上で左右対称性の回旋運動を行っているという認識が一般的である.しかし,本研究では健常群の左右IC時のPAVは共に右回旋が有意に大きく,これらの結果は,健常群におけるIC時の骨盤回旋運動は,必ずしも左右対称性の運動ではないことが示された.変股症群における運動療法介入前後の比較においても左右変股症群ともに有意差が認められ(p<0.05),健常群の骨盤運動の特徴に類似した.
以上のように,変股症群のIC時のPAVが運動療法介入により,健常群の値に類似する結果となり,運動療法による保存的治療の有効性が示された.