抄録
【目的】
近年,スポーツ分野では低酸素環境での効果を目的とし,高地トレーニングが取り入れられる傾向にある。また,常圧・低酸素室や,常圧・高酸素室が試作され,酸素濃度とトレーニング効果の検討がされている。本研究では通常酸素から低酸素及び高酸素チャンバー内に暴露され,運動療法またはトレーニングを実施した場合,酸素濃度によって筋損傷の発生にどのような変化が生じるかを,形態的観察および酵素化学的測定により検討した。
【方法】
13週齡の雄ラット18匹を用い, 10%酸素濃度群,20%酸素濃度群,50%酸素濃度群の3群に分けた。運動方法としてマウス・ラット用トレッドミルを使用し,運動様式は骨格筋の損傷を引き起こしやすい下り坂走行とした。運動24,48,72時間後にヒラメ筋,大腿直筋,上腕三頭筋を採取し,凍結切片を作成した。さらに,生化学的検討としてG-6PDH活性による検討も行った。
【結果】
大腿四頭筋,上腕三頭筋において20%,50%群では48時時間後から72時間後にかけてMyoD発現が増加傾向を示した。10%群の24時間後から72時間後にかけて経時的に観察すると,いずれの時間においても有意差が認められなかった。ヒラメ筋では10%,20%,50%の全群にて,48時間から72時間にかけてMyoD発現が下降する傾向が有意に見られた。酸素濃度ごとに観察すると,大腿直筋,上腕三頭筋の10%酸素濃度群は,20%酸素濃度群に比較して有意に低値を示した。G-6PDH活性の測定では,酸素濃度20%群の大腿直筋,上腕三頭筋において,24時間後から72時間後にかけてG-6PDH活性は増加傾向を示した。しかし,これらに比較して10%,50%酸素濃度群の両群における大腿直筋,上腕三頭筋では,48時間後では有意差が認められなかったが,72時間後には下降傾向を示し,有意差を示した。ヒラメ筋においては,20%,50%酸素濃度群では48時間後から72時間後にかけて有意に下降傾向が見られた。10%酸素濃度群では48時間後から72時間後にかけて有意に減少していた。
【考察】
20%酸素濃度での運動と比較して,20%酸素濃度から10%,50%酸素濃度下に暴露された直後の運動では,特に10%酸素濃度下の運動において筋損傷の誘発が抑制される可能性を期待できると考えられる。また,10%,50%酸素濃度下で運動した際に,筋損傷が誘発されても20%酸素濃度下での運動と比較すると,修復がより早期に完成される可能性が考えられる。よって,通常酸素環境下から,特に低酸素環境下中で運動療法を実施した場合,筋損傷を抑制できる可能性があると考えられる。
【まとめ】
今後,低酸素及び高酸素環境下での運動療法が臨床において導入されると考えると,本研究では非常に興味深い結果が得られたと思われる。酸素濃度による筋損傷の発生機序とその効果的な適用条件を検討していきたい。