抄録
【目的】Mirror Therapy(以下MT)は、鏡による視覚的運動錯覚を利用した治療法であり、脳卒中後の運動麻痺の治療法としても注目を集め、その効果が報告されているが、その大部分が上肢運動麻痺に関するものである。本研究の目的は脳卒中後の下肢運動麻痺に対するMTの効果をシングルケーススタディによって検証することである。
【対象】66歳男性。橋出血による左片麻痺、MT開始は発症から37病日。開始時の下肢Br-stageは4、深部感覚障害は軽度鈍麻、FIM運動項目は49点であった。研究の趣旨を説明し書面にて同意を得た。
【方法】通常の機能訓練のみの2週間をベースライン期とし、通常の機能訓練に加えMTを約10分間、週5日実施した2週間をMirror介入期とした。評価は、ベースライン期前、MT期前およびMT期後に実施し、計3回行った。MTは、車椅子座位にてミラーボックスを設置し非麻痺側下肢が映るように中央に鏡を置いた。運動課題は任意のペースで、足関節背屈、膝関節伸展、股関節屈曲を2分間実施し、各運動課題の間に1分間の休息をとった。約10分間のMTを一日1回実施した。評価項目は、動作時の関節角度および大腿四頭筋筋電図とし、測定はデジタルビデオカメラとEMG測定システムを使用した。反射マーカーを麻痺側第5中足骨頭、外果、膝関節外側裂隙、大転子に貼付し、矢状面から撮影した。大腿四頭筋に電極を貼付し同時に筋電図を測定した。椅子座位で3つの評価課題動作、すなわち1)足関節最大底屈位から最大背屈、2)膝関節最大伸展、3)股関節屈曲を行った。これら1)~3)は、合図と同時に動作を開始、約3秒間保持した後、開始肢位に戻した。4)約3mの歩行を行い、1歩行周期以上の撮影を行った。1)~4)の各動作を3回測定し、歩行は平行棒を利用して近監視にて行った。関節角度と筋電図データから実効値(RMS)を比較した。統計手法は、分散分析と多重比較検定を用い、有意水準は5%とした。
【結果】1)足関節背屈角度は、ベースライン期(37.1°)、MT期前(38.3°)、MT期後(45.8°)であり、MT後で有意な増加を認めた(P<0.001)。2)膝関節伸展、3)股関節屈曲では、有意な差は認められなかった。4)歩行立脚期の大腿四頭筋のRMS値は、ベースライン期(0.025)とMT期後(0.038)を比較したところ有意差を認めた(P<0.001)。
【考察】本症例は、MT後に足関節の可動範囲において変化がみられた。歩行に関しては、麻痺側立脚期の時間短縮と大腿四頭筋RMS値の増加がみられた。これは麻痺側下肢の効率的な筋活動が可能になり、パフォーマンスの向上につながったと考えられる。すなわちMTを行ったことにより、麻痺側下肢の使用に関して注意を向け、鏡像の麻痺側が動くという体験を通じ、動作開始の契機となったものと推察できた。今回の研究では、他の研究に比べMTの時間と期間が短く、今後は適応とMT時間や頻度に関しても検討を要する。