抄録
【目的】
オーバーヘッドスポーツ選手において、投球側の肩関節外旋可動域の増大と内旋可動域の減少が存在することが知られている。この背景として上腕骨頭後捻角の増大が指摘されている。一方で、肩関節外旋可動域は、肩甲骨の前・後傾アライメントの影響を受け、さらに肩甲骨のアライメントは胸郭のアライメントに依存する可能性がある。しかしながら、このような肩関節の可動域の左右差に影響を及ぼす因子として、胸郭および肩甲骨アライメントの左右差の有無については十分な知見が得られていない。本研究の目的は、オーバーヘッドスポーツ選手における肩甲骨・胸郭のアライメントおよび脊柱可動性の左右差の有無を検証することである。研究仮説は、「オーバーヘッドスポーツ選手の肩甲骨・胸郭アライメント及び脊柱可動性は利き腕側・非利き腕側間で異なる」である。
【方法】
オーバーヘッドスポーツ選手群(OH群)の取り込み基準は、15歳から22歳、男性、1年以上の競技歴を有するものとした。除外基準は女性、競技歴が1年未満の者、外傷などによる明らかな変形がある者とした。大学バレーボール選手11名及び高校ハンドボール選手14名が研究参加に同意した。 オーバーヘッドスポーツの経験を有しない者(コントロール群:C群)の取り込み基準は、男性、オーバーヘッドスポーツ経験がない者とした。年齢のマッチした10名が研究参加に同意した。
肩甲骨アライメントについては肩峰高・肩甲骨高・肩甲骨椎骨間距離(肩甲棘三角・下角)、胸郭アライメントについては胸郭高・肋骨弓間距離を測定した。脊柱可動性については、骨盤を固定した状態での体幹前屈および後屈・左右側屈・左右回旋・胸郭拡張差(腋下高・乳頭高・Th10高)とした。肩峰高・胸郭高の測定にはアナログ上体反らし計を用い、背臥位で床からの距離を測定した。肩甲骨椎骨間距離・肋骨弓間距離にはノギスを、肩甲骨高・脊柱可動性には傾斜計およびメジャーを用いた。左右差の比較においては対応のあるt検定を用い、有意水準をp<0.05とした。
【説明と同意】
ヘルシンキ宣言の精神に基づき作成された文書により十分な説明を行い、同意が得られた者を対象とした。
【結果】
OH群の14名は身長176±8.2cm、体重67±9.9kg、C群の10名は身長169±5.3cm、体重63±8.7kgであった。OH群の肩峰高は、利き腕側12.8±1.5cm、非利き腕側12.0±1.3cm、(p<0.01)、と利き腕側が高値であった。OH群の肩甲骨椎骨間距離(下角)は、利き腕側8.3±1.5cm、非利き腕側8.9±1.3cm(p=0.02)と、利き腕側が肩甲骨内転位であった。OH群の胸郭高は、利き腕側18.1±1.3cm、非利き腕側18.3±1.1cm(p=0.07)と、有意差を認めなかった。コントロール群は、全項目について有意差を示さなかった。
【考察】
以上の結果により、オーバーヘッド選手の利き腕側肩甲骨は前傾・下方回旋位にあることが示唆された。一方、胸郭アライメントの左右差は検出されなかった。投球などオーバーヘッド動作のフォロースルーにおいて、非利き腕側に体幹は回旋し、肩甲骨は内旋・前傾の肢位を取る。本研究を実施するにあたり、一方向への回旋動作の反復によって胸郭アライメントにも左右差が生じると推測したが、この仮説は立証されなかった。
オーバーヘッド選手の胸郭アライメントの左右差についての先行研究は発見できなかった。一方、肩甲骨アライメントについては、体表からの計測による研究が検索された。Oyama(2008)は、オーバーヘッド選手において、静的立位における肩甲骨の内旋、前傾の増強を見出した。一方、Myers(2005)は肩甲骨面上の肩関節外転において、肩甲骨の上方回旋、内旋、後引の増大を認めたが、前傾・後傾には有意差を見出さなかった。いずれも、利き腕側の肩甲骨アライメントに変化が生じると結論付けた。
今回の研究において、胸郭アライメントの左右差は検出されなかったが、統計学的パワー不足および測定精度の問題によるβエラーの可能性がある。測定誤差を低減するためには画像を用いた3次元的な解析が必要である。
以上より、オーバーヘッド選手の肩甲骨アライメントには左右差が存在し、それが肩関節の可動域にも影響を及ぼしている可能性があると結論付けられる。オーバーヘッドアスリートにおける肩甲骨および胸郭アライメントの非対称性について、縦断的な変化、肩関節痛の有無との関連性にも注目が必要と考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究ではオーバーヘッド選手の肩甲骨アライメントの左右差を見出した。オーバーヘッド選手の肩関節疾患の治療において、肩甲骨アライメントの左右差と利き腕側の肩関節の機能異常との関連性についても配慮した治療プログラムの構築が期待される。