抄録
【目的】高齢者の運動機能の変化として、筋力低下をはじめ様々な機能の低下が知られている。なかでもバランス機能低下は、転倒リスクの主要な要因の一つと考えられおり、転倒予防の観点から筋力トレーニング、バランス練習、ストレッチなど様々な運動療法が実践されている。しかし、高齢者の随意運動能力や運動の理解度、痛みの状況によっては、なかなか実施できない運動療法も多い。そこで、今回治療的電気刺激(以下TES)を腹筋群に実施することで、バランス能力改善において良好な結果が示されたため報告する。
【方法】通所リハビリテーションを週2~3回利用(以下通リハ)している12名の高齢者(平均年齢83歳、要介護度:要介護2以上、痴呆老人の日常生活自立度:2B以上)を対象として、TESを行う6名(以下TES群)とそれ以外の6名(対照群)に分け、TES群に週2回、1ヶ月間の治療を行った。TESは多周波周波数刺激装置を用いて腹筋群に背臥位で10分間実施した。TES以外は12名共に従来の通リハサービスを提供した。検査方法は、TES実施の前、終了後、終了1ヶ月後の計3回、両群に対して次の3項目の検査を行った。検査項目、1)重心動揺計:以下重心(外周面積:EA・単位時間軌跡長:L/A・Y軸(前後)変位:Y)、2)FRテスト、3)10m歩行(歩数・時間)。統計処理は、検出された各検査項目値:開始前(開始値)、終了後(治療値)、終了1ヶ月後(効果持続値):の平均値に対し、開始値と治療値の比較、開始値と効果持続値の比較を、対応のあるt検定にて検証した。対照群についても、同一時期に計測し、その値を同様の手順で検証した。
【説明と同意】対象は、本研究について説明を行い同意が得られている。
【結果】TES群について、重心の値は、EA、L/T、Yそれぞれ治療値において有意(p<0.05)に小さくなっていた。しかし、効果持続値には有意差は認められなかった。FRテストは治療値で有意(p<0.05)にリーチ範囲が伸びていた。また、TES群の10m歩行の項目及び対照群の全ての項目に有意差は認められなかった。
【考察】立位姿勢において、身体の多数の筋が活動していることは知られており、その姿勢を安定化する要素として、腹部の筋とその他の体幹筋の適切な活動が姿勢制御を効率的に行うために重要であると言われている。今回はこの体幹機能に着目し、腹筋群の活動をTESにより活性化することで、バランス能力の変化を調査した。その結果、簡便な電気治療によってバランス能力の改善が認められ、高齢者へのTES効果の可能性は示されたと考える。重心における、EA値、L/T値の変化は、重心の移動面積、距離など平衡機能の全般的改善を示しており、Y値の変化は、高齢者によくみられる抗重力姿勢の崩れに伴うバランス低下の改善が推察された。これは、TESにより前述した体幹機能が活性化されたことにより、静的姿勢バランス能力の改善がみられたと考えられる。また、FRテストでの変化は、動的姿勢バランス能力の改善を示しており、動的姿勢バランス能力に関しても腹筋群の活動の重要性が示唆された。しかし、10m歩行では有意差がなかったことから、その影響は限定的と考えられる。また、効果持続値の有意差は認められずTESの課題である効果の持続性の問題が示された。したがって、TESにより一端腹部の活動性を高めるきっかけを作り、それを運動療法と組み合わせることで、効率的にバランス能力改善へ繋げていくことが大切であると考える。これは、運動が行いにくい高齢者にとって、転倒予防などの運動プログラムを実施していく上で、その運動を行う為の準備として重要な要素の一つであると考えている。今後は対象数を増やし、様々な疾患への効果も含めて検討していきたい。
【理学療法学研究としての意義】高齢者における腹筋群へのTESの影響について検討した。TES実施後、静的バランス能力に改善が認められた。動的バランス能力に関しては、FRテストへの効果は示されたが、歩行への影響は認められなかった。また、TESの効果の持続は難しく、他の運動療法との併用の必要性が示された。しかし、運動が積極的に行えない高齢者にとって、TESは効率よくバランス能力を改善する一助となり、さらに転倒予防へ繋がってくるものと期待している。