抄録
【目的】
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は我が国の死亡原因の第10位であり、2020年には全世界の死因別死亡率の第3位になると推測されている。COPD患者では低酸素血症、呼気時気道閉塞現象、横隔膜の平低化などが原因で呼吸困難が起こることから、理学療法場面においても呼吸困難への対処が重要である。呼吸困難の軽減は呼吸リハビリテーションにおける主要な目標のひとつにあげられており、リラクセーションはすべての呼吸リハビリテーションの基本とされている。呼吸困難の軽減に効果的なリラクセーション肢位としては様々な肢位が提唱されている。セミファーラー肢位、枕を抱えた前傾座位などは臨床上よく用いられる肢位である。しかしこれらのリラクセーション肢位は患者の観察や経験的・臨床上の工夫として知られたものであり、どの肢位がより有効に呼吸困難の軽減をもたらすかについては十分に検証されていない。そこで本研究はCOPD患者を対象にリラクセーション肢位の有効性について検討を行うことを目的とした。
【方法】
対象者はCOPD患者38名(男性33名、女性5名)であった。呼吸筋力計(Micro Medical社製)を用いて吸気筋力(PImax)を測定した。呼吸運動出力の指標としてP0.1を気道閉塞装置(Hans Rudolph社製)と差圧トランスデューサーを用いて測定した。気道閉塞装置に流量計とマスクを接続し、対象者の口に固定した。また心拍数の測定にはモニター心電図を用いた。流量計、圧トランスデューサー、心電計の信号はすべてAD変換器を介してパーソナルコンピューターに取り込んだ。測定肢位は端座位、枕を抱え机に前傾する前傾座位、ベッドの背もたれを30度挙上し膝関節を軽度屈曲位としたセミファーラー位の3肢位とし、順序はランダムとした。それぞれの肢位で6分間安静を維持してもらい、最後の1分間で任意の時にP0.1を5回測定した。また測定終了後、各肢位に対する呼吸困難の程度(Visual Analog Scale;VAS)と全肢位に対する主観的安楽順位を測定した。この測定時間に一回換気量、呼吸数、酸素摂取量、二酸化炭素排出量を測定し、また解析ソフト(ADInstruments社製)を用いて、心拍変動(HRV)による自律神経機能の評価を行った。また対象者をGlobal Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease(GOLD)の重症度分類により4群に分類し検討を行った。統計処理にはSPSS ver13.0 (SPSS)を用いた。肢位による違いには一元配置分散分析を、またGOLDの重症度分類による4群間と各肢位での違いに対しては二元配置分散分析を行い、さらに主効果が認められたものに関してTukey-Kramer法を用いた多重比較検定を行った。主観的安楽順位にはχ2検定を行った。
【説明と同意】
本研究は研究安全倫理委員会及び医学研究審査委員会の承認を得た後、すべての対象者に研究の趣旨を説明し、書面での同意を得た上で実施した。また得られたデータはすべて統計量に変換した上で、暗号化されたUSBで保管し、個人情報の流失防止に配慮した。
【結果】
安静換気中の一回換気量、酸素摂取量、二酸化炭素排出量の換気諸量については肢位間で差が認められ、セミファーラー位で端座位に比べ有意に低値を示した(p<0.05)。主観的安楽順位では肢位間で差が認められ、セミファーラー位で端座位に比べ有意に低値を示した(p<0.01)。GOLDの分類では4群間で差が認められP0.1では前傾座位においてGOLD4期でGOLD1期、GOLD2期と比べ有意に高値を示した(p<0.01)。P0.1 /PImaxでは端座位、前傾座位、セミファーラー位のすべての肢位で、GOLD4期でGOLD1期、GOLD2期と比べ有意に高値を示した(p<0.01)。
【考察】
COPDでは、臥位よりも体幹を起こしたセミファーラー位や前傾座位が呼吸困難を軽減するとされている。今回の検討で、セミファーラー位において端座位に比べ酸素摂取量、二酸化炭素排出量、一回換気量などの換気指標、VASは低値を示し、主観的安楽順位においても最も安楽であることが明らかとなった。この結果からCOPD患者にとってセミファーラー位は他の肢位に比べてリラクセーション効果が得られやすい肢位であると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究にて呼吸困難時のリラクセーション肢位の中でもどの肢位がより有効であるかを解明することにより、緊急時のより的確な対処方法や、今後増加の一途をたどると予測されているCOPD患者の重症度段階に応じた適切な治療介入の基礎になると考える。