抄録
【目的】
通所介護サービスにおいても身体機能の維持・改善を目的とした筋力トレーニングなどを行っている事業所が増え、利用者に対する身体機能の推移や低下の要因分析などの報告が散見される。虚弱高齢者は外的環境に対する適応能力が低いために社会的活動性が低下しやすく、身体活動量の低下、ADL能力や身体機能までも低下する。今回、外的環境として近隣住環境を取り上げ、1年間の身体機能や活動状況の変化との関連性について検討した。
【方法】
A通所介護サービス利用者25名のうち平成21年4~6月に初回、平成22年4~6月に2回目の評価を実施し、2~3回/週の利用時に自転車エルゴメーターや歩行、下肢筋力トレーニングといった運動療法を継続的に実施した19名(男性3名・女性16名,年齢81.4±5.5歳)を対象とした。近隣住環境は、自宅周囲の歩行に影響する環境要因の質問からなる簡易版近隣歩行環境質問紙を用いた。今回は世帯密度を除いた7要因の合計29点満点(ANEWS;点)で算出した。身体機能の項目は端座位にて裸足両足で体重計を垂直方向に押した測定値を体重で除した下肢荷重比(%)、10mの最大歩行速度である10m最大(m/min)、自由速度におけるTimed Up and Go Test(TUG;秒)、機能的自立度評価(FIM;点)、身体活動の指標に老研式活動能力指標(老研式;点)、運動強度別に遂行時間を問う国際標準化身体活動質問表による消費カロリー(IPAQ;kcal)を用いた。IPAQは1Lあたりの酸素消費量を0.005kcal、活動強度と歩行速度によって1~8METsという基準を用いて基礎代謝を除いた1日平均の身体活動量を算出した。統計処理はt-test、pearson積率相関係数を求め、統計学的有意水準を5%とした。
【説明と同意】
ヘルシンキ宣言を尊重し、研究内容および公表について書面にて同意を得て、研究同意の撤回がいつでも可能なことを説明し、個人が特定されないように配慮して分析した。
【結果】
対象者19名平均ANEWSは15.4±2.5(10.8~21.4)点。ANEWSは老研式の初回(r=0.455,p<0.05)と2回目 (r=0.568,p<0.01)、IPAQの初回(r=0.476,p<0.05)と2回目(r=0.475,p<0.05)と有意な相関関係を認めた。
初回と2回目のpaired t-testでは老研式およびIPAQともに有意差を認めなかったが、老研式は平均値で0.8点低下していた。身体活動状況の変化との関連性を検討するため、老研式とIPAQにおいて初回と2回目を比較して低下した群と維持・向上した非低下群に分けてnon-paired t-testを行った結果、老研式の低下群(n=9)と非低下群(n=10)では2回目FIM(t=-2.72,p<0.05)、IPAQの低下群(n=10)と非低下群(n=9)も2回目FIM(t=-2.21,p<0.05)に統計学的有意差を認めた。しかし、ANEWSや他の変数間では有意差を認めなかった。身体機能項目における変化(初回と2回目の差分)では、TUG差分のみがANEWS(r=-0.55,p<0.05)と2回目老研式(r=0.569,p<0.01)と相関関係を認めた。
【考察】
対象19名平均のANEWSが15.4±2.5点であり、歩行で商店や各施設まで約20分要し、交通量は少ないが横断歩道や信号機設置が十分でなく、利用者には外出機会の確保が比較的困難な環境である。老研式とIPAQは初回と2回目ともにANEWSと有意な相関関係を認め、拡大ADLのような身体活動に近隣住環境が影響することが示唆された。
老研式の初回と2回目の平均値で0.8点の差があり、統計学的有意差は認めなかったものの1項目程度の活動が低下した可能性が考えられる。老研式およびIPAQの低下群と非低下群の群間比較の結果、老研式とIPAQともに2回目のFIMに統計学的有意差を認め、基本的日常生活活動が確保されているか否かによって拡大ADL能力や身体活動量に差が生じることを示唆した。しかし、ANEWSとの関連性までは見出せなかった。身体機能項目における変化である初回と2回目の差分では、TUG差分のみがANEWSと2回目老研式と相関関係を認めた。以上より、ANEWSに反映される近隣住環境が拡大ADL能力や身体活動量に影響し、TUGのような応用的歩行能力にも影響することを示唆した。
【理学療法学研究としての意義】
運動療法介入だけではなく、利用者の近隣住環境に応じた配慮や介入が身体活動量維持に重要である可能性を示唆した点で有意義と考える。