抄録
【はじめに、目的】 円滑な運動を行うためには、その運動に関与する個々の骨格筋のエネルギー代謝のバランスを考慮した調節機序が必要である。骨格筋の供給動脈には交感神経が密に分布しており、中枢神経はその興奮性を調節することにより個々の骨格筋のエネルギー代謝のバランスを調節している。また、シェアーストレスや内皮細胞刺激物質は内皮細胞から種々の弛緩因子を遊離することにより、血管トーヌスを調節している。しかしながら、骨格筋供給動脈の収縮調節機序の詳細は不明である。我々は、ラット後肢の赤筋と白筋の供給動脈における内皮依存性弛緩反応の弛緩機序の相違について明らかにした。研究に使用する動脈は、ヒラメ筋(赤筋)に血流を供給する腓腹動脈と長趾伸筋(白筋)に供給する前脛骨動脈とした。【方法】 10週齢のWister系雄ラットを使用した。実体顕微鏡下にて、腓腹動脈と前脛骨動脈を採取した。摘出血管を縦切開後、輪状切片標本を作成し、張力歪計にセットした。溶液は灌流にて投与した。交感神経機能を消失させるため、グアネチジン(5 µM)を1時間投与した。まず、高カリウム溶液(128 mM)による収縮を得た(最大収縮反応を得るため)。次に、α1アドレナリン受容体作動薬フェニレフリン (10 µM)による収縮発生中にアセチルコリンを投与し、アセチルコリンによる弛緩反応を得た。さらに、標本を一酸化窒素(NO)合成酵素阻害薬であるL-NG-ニトロアルギニン(L-NNA:0.1mM)で1時間処理し、L-NNA存在下でアセチルコリンによる弛緩反応を観察した。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は名古屋市立大学動物実験倫理委員会の規定に従って行った。【結果】 高カリウム溶液による収縮の大きさは、腓腹動脈と前脛骨動脈で同じであった。L-NNA は高カリウム-収縮を両動脈で同程度に増加した。フェニレフリンによる収縮の大きさは、腓腹動脈と前脛骨動脈で同じであった。L-NNA はフェニレフリン-収縮を両動脈でともに増大させたが、その増加は前脛骨動脈>腓腹動脈であった。アセチルコリンは両動脈でフェニレフリン-収縮を抑制したが、その強さは腓腹動脈>前脛骨動脈であった。前脛骨動脈でのアセチルコリン-弛緩反応はL-NNAによって抑制されたが、腓腹動脈でのアセチルコリン-弛緩反応はL-NNAによって抑制されなかった。【考察】 安静時の血流は赤筋>白筋である。一方、運動時、赤筋の血流はそれほど増加しないが白筋の血流は著しく増加する(Williams and Segal, 1993)。このことより、骨格筋のエネルギー代謝はその血流調節と密接に関連している可能性がある。アセチルコリンやブラジキニンやシェアーストレス刺激は、内皮細胞の細胞内Ca2+濃度を上昇させ、NO合成酵素(eNOS)を活性化することによってL-アルギニンからNOを生成させ、血管を弛緩させる。また、これらの刺激は、内皮細胞から内皮依存性膜過分極因子(EDHF)やプロスタサイクリンを遊離させることによっても血管を弛緩させる。L-NNAはeNOS阻害により、NO生成を抑制し、アセチルコリンによる内皮依存性弛緩反応を抑制する。本研究で、L-NNAは前脛骨動脈でのフェニレフリン収縮を増大させるとともに、アセチルコリン-弛緩反応を抑制した。一方、ラット腓腹動脈で、L-NNAはフェニレフリン収縮をわずかにのみ増加させ、アセチルコリン-弛緩反応に影響を与えなかった。このことから、(i) 前脛骨動脈では、内皮細胞由来NOが交感神経興奮による収縮を抑制している、また、(ii)腓腹動脈では、NO以外の内皮由来弛緩因子がアセチルコリンによる弛緩反応に関係している、さらに、(iii) 運動時の血流増加(ずり応力の増加)は、白筋供給動脈における内皮細胞でのNO生成増加により血流を増加させる、可能性が明らかとなった。以上の結果より、骨格筋の供給動脈の内皮依存性弛緩反応は赤筋と白筋で異なっていることが明らかとなった。今後、これらの調節機序をさらに明らかにするとともに、病的状態における骨格筋供給動脈の機能変化とその発生機序に関する検討、さらに、骨格筋供給動脈の機能変化に対する運動療法の効果などに関する検討を進めていく。【理学療法学研究としての意義】 より効果的な運動療法を考えていく上で、骨格筋のエネルギー代謝調節に密接に関連する骨格筋供給動脈の内皮依存性調節機序を明らかにすることは重要である。