抄録
【はじめに、目的】 姿勢制御能力の適切な評価はスポーツ障害の把握における重要な課題である。先行研究では姿勢制御能力の低下が足圧中心(COP)動揺の増大で示されてきたが、非定常性が強いCOP動揺の特徴を要約統計量で定量化することには限界があり、個人の特徴を捉えた定常性に優れる指標の利用が模索されている。近年、Hertelら(2007)は片脚立位時にCOPが同方向へ加減速なく移動し支持基底面の境界に到達するまでの時間(time to boundary:TTB)を用い、足関節不安定症患者の姿勢保持機能低下を明らかにできる可能性を報告している。ただ、静的姿勢保持課題は姿勢制御能力を必ずしも反映しないとの指摘もあり、動的条件での評価を検討する必要性は高い。我々は動作状況の推察に適した課題として片脚スクワット動作に注目しているが、その際のCOP動揺に関する報告は少なくTTBについての検討はなされていない。そこで本研究では健常成人を対象としてスクワット時のCOP動揺評価におけるTTBの有用性を既存のCOP指標との比較から検討した。【方法】 健常成人男性9名(年齢22.8±2.5歳、身長174.7±4.3cm、体重63.9±4.9kg)を対象として、裸足右下肢で測定を行った。まず上肢を胸部前方で組み、視線の高さの2m前方を注視させた状態で30秒間の片脚立位保持を3回行い、各試行の開始10秒後から10秒間の測定データを解析に使用した。次に片脚スクワットは上記の開始姿勢からバランスを崩すことなく膝関節を屈曲し再び開始姿勢に戻る動作を5秒以内に行うように指示し、数回の練習後に5回の測定を行い、ばらつきの少ない3回を解析に使用した。スクワット動作の開始と終了は後方と右側方に設置したハイスピードカメラ(FKN-HC200C、フォーアシスト社)を用いてサンプリング周波数200Hzで撮影した画像および電気角度計(バイオメトリクス社)により計測した足関節と膝関節の経時的角度変化から決定した。片脚立位およびスクワット時のCOP動揺の測定には床反力計(AccuGait、AMTI社)を用い、COPデータをサンプリング周波数50Hzで記録し、遮断周波数5Hzで高域遮断を行った。TTBはCOPが同方向に加減速なく移動した際の移動距離と計測時間から算出したCOP速度でCOP位置から足部AP、ML径の境界までの距離を除して算出し、片脚立位およびスクワット時のTTB 最低値、平均値、標準偏差)と既存のCOP(動揺速度、標準偏差、矩形面積)指標の再現性を級内相関係数(ICC)から検討した。また、表面筋電図(Personal-EMG、追坂電子機器)を用いて双極誘導により前脛骨筋(TA)、腓腹筋内側頭(GAS)の筋活動を記録し、信号をサンプリング周波数1000HzでA/D変換し、10Hzの低域遮断フィルタ通過後、筋電図解析ソフト(BIMUTAS-Video、キッセイコムテック社)用いて解析を行った。得られた筋活動は新徒手筋力検査法Normalの肢位での3秒間の最大等尺性収縮中の波形の安定した1秒間の平均筋活動量に対する割合として正規化し、片脚立位およびスクワット時のTAとGASの筋活動を比較した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て実施し、対象者には研究に先立ち同意を得た(承認番号1088)。【結果】 片脚立位ではTTB の平均値と標準偏差(ICC:0.77~0.90)、COPの動揺速度(ICC:0.80~0.92)に高い再現性を認め、筋活動はTAが4.3±1.3%、GASが23.8±11.8%であった。片脚スクワットは2.36±0.37秒で実施し、膝屈曲角度は75.4±12.2°で、TTBの最低値(ICC:0.85~0.93)、COPのAP動揺速度、標準偏差(ICC:0.89、0.85)に高い再現性を認め、筋活動はTAが21.5±10.1%、GASが18.2±7.5%であった。【考察】 COP指標に課題による傾向を認めなかったが、TTBでは片脚立位で平均値と標準偏差、片脚スクワットで最低値に高い再現性を認め、片脚スクワットの動的特性を捉えた姿勢制御能力評価にTTBが利用できる可能性が示唆された。また、動作時の筋活動は藤原ら(1984)の立位姿勢、池添ら(2003)のスクワット時の値と同程度と本研究課題動作に一定の妥当性が確認できたことから、今後は有疾患者の評価におけるTTBの有用性を検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 姿勢制御能力の適切な評価は重要な課題であり、TTBの利用可能性を示した本研究結果は、COPを用いた姿勢制御能力評価の発展に資する意義がある。