抄録
【目的】 体幹の屈曲筋(体幹屈曲)力を測定する時に、股関節の屈曲筋(股屈曲)力が大きく関与すると考える。たとえば純粋な体幹屈曲筋力を測定するために、可能な限り股屈曲筋の影響を少なくする方法を考えるとする。当然ながら股屈曲筋力は股屈曲角度の変化によって変わると推測され、股屈曲角度を調整すれば影響の少ない肢位が存在するかもしれない。そこで今回は、体幹と下肢との関連性を追究するために、股屈曲角度を幾つかの条件に変化させた時の等尺性体幹屈曲筋力を測定し、その特性を検討した。【方法】 対象は健常男子学生16名とした。年齢(平均±標準偏差)は22.8±3.2歳、身長は173.4±7.8cm、体重は61.3±7.7kgであった。全ての被験者は腰痛や、整形外科学的既往を有していなかった。被検者を背臥位とし、胸骨の中間部に非伸縮性のベルトで徒手筋力測定器(日本メディックス社製マイクロFET)を固定した。体幹屈曲筋力の測定時には股屈曲角度を0°(膝関節屈曲0°)・30°(膝関節屈曲50°)・60°(膝関節屈曲65°)・90°(膝関節屈曲90°)位の4条件に変化させた。股屈曲角度の調整には、股屈曲30°・60°では下肢後面に置いた三角台またはクッションマット、股屈曲90°では四角台またはクッションマットを利用し、それぞれの条件において両下腿を脛骨上部で強固にベルト固定した。股関節は内・外転、内・外旋中間位とした。また、測定前に背臥位において過剰な前弯の増強がないことを確認した。最大等尺性における体幹屈曲筋力の発揮は、1秒以上かけてゆっくり行うよう、また、上肢が床面に対してプッシュ動作を行ったり、下衣を把持してプル動作を行わないよう指示を与え、十分な練習を行った後に測定した。測定時には、ベルトで固定された徒手筋力測定器を、さらに検者によっても固定した。全ての測定は同一検者が行い、各条件での測定方法については検者内信頼性が高いことを事前に確認しておいた(ICC(1,1)=0.90~0.96)。測定は各条件で2回ずつ行い、各測定間には十分な休憩を入れた。各条件ごとの疲労・学習効果を相殺する為に、条件の順序を循環法にて配置した。記録した筋力値は平均を求め、各被験者の体重で除した値に換算した。統計的検定はSPSS ver11(SPSS Japan)を用いて、反復測定による分散分析と多重比較法(Tukey法)を適用し、危険率を5%とした。【説明と同意】 この研究はヘルシンキ宣言に沿って行った。対象者には研究の目的・方法を十分説明した後、書面への署名によって実験参加への同意を得た。【結果】 各条件での体幹屈曲筋力値(平均値±標準偏差)は股屈曲0°:2.0±0.7N、股屈曲30°:2.0±0.7N、股屈曲60°:1.9±0.6N、股屈曲90°:1.7±0.6Nであった。股屈曲90°の体幹屈曲力に対して、股屈曲0°・30°・60°が有意に大きい値を示した(全てp<0.01)。平均を観察すると、体幹屈曲筋力は屈曲30°から60°にかけて低下していく傾向がみられた。【考察】 体幹屈曲筋力は股屈曲角度によって変化し、特に90°屈曲位で低下することがわかった。この原因として、主に大腿直筋をはじめとする股・膝へ作用する二関節筋が短縮位となることにより、股屈曲力が減少したためと考える。また、下肢の重量を利用した固定作用の代償が行えないためとも考える。股屈曲筋としては腸腰筋や中殿筋前部線維も挙げられるが、屈曲角度を変化させたときの影響は少ないといわれる。しかし、数学的な理論から股関節屈筋のモーメントを算出した小粕ら(2011)の報告では、股屈曲角度の増加に伴って屈曲トルクは減少していくと述べられており、全く影響しないとはいい切れない。骨盤後傾に伴って体幹屈曲筋群の短縮が起こり、筋力発揮が行い難くなった可能性もあるが、 Shiradoら(1995)によると、後傾に伴って筋活動が上昇するとあることから、その影響は小さい可能性がある。【理学療法学研究としての意義】 下肢の肢位を変化させたときの体幹屈曲筋力を把握することによって、体幹機能評価の一助として重要な情報となり得る。また、様々に肢位を変化させた筋力値の傾向を探ることは、単なる筋力の把握に止まらず、姿勢や動作との関連付けを考察するための基盤知識となるものである。