抄録
【はじめに】 徒手的理学療法の一手技である関節モビライゼーションでは関節牽引を頻繁に用いるが、牽引に伴う関節裂隙の距離変化(以下、離解距離)に関する報告はわずかである。超音波画像解析は、画像構築技術の進歩よって近年では運動器の観察でも頻繁に用いられている。本研究は、膝関節の牽引に伴う離解距離を、超音波画像にて解析した際の信頼性について検証することを目的とした。【方法】 本研究には、牽引の対象となる被験者10名と、超音波画像を抽出し、離解距離を解析する検者2名が参加した。被験者はいずれも膝関節に既往がない健常成人男性で、平均年齢(範囲)は29.0(22~34)歳、身長と体重の平均値(標準偏差)は173.1(4.0)cm・65.7(6.6)kgだった。検者はいずれも理学療法士であり、経験年数は8年目(以下、検者A)と6年目(以下、検者B)だった。被験者の実験肢位は背臥位とし、左大腿部をエクササイズ用ベンチ(Lojer社、Three Section Bench)の可変式斜面に、左下腿部を昇降ベッド(パラマウントベッド社、KC-237)にそれぞれ載せることで、左側の膝関節と股関節を50°屈曲位に保持した。左膝関節の牽引は、左大腿部を非伸縮性ベルトでベンチの斜面に固定した状態にて、プーリー(Lojer社、Mobile Speed Pulley)と四肢牽引用バンド(ミナト医科学社、KSU0264)を用いて、左下腿部を長軸方向に200Nの強度で牽引した。関節裂隙の超音波画像は、超音波診断装置(日立メディコ社、EUB-7500)を用い、牽引前と、牽引開始から10秒後の静止画(Bモード)を抽出した。なお、プローブは下腿の長軸と平行となることを基準とし、内側関節裂隙の前面に当てた。抽出した画像の解析には、画像解析ソフト(米国国立衛生研究所、Image J Ver.1.42)を用い、大腿骨と脛骨の指標点間の距離を計測した後、牽引前と牽引中の差から離開距離を算出した。以上の手順を、検者内・検者間信頼性の検証のために、検者Aは2回、検者Bは1回行った。統計学的解析は、IBM SPSS Statistics Ver.19を用い、離解距離の相対信頼性(一致度)を検証するために、検者内と検者間それぞれでの級内相関係数(intraclass correlation coefficient:以下、ICC)を算出した。また、離解距離の絶対信頼性(正確度)を検証するために、検者内・検者間それぞれでのBland-Altman分析を実施することで、測定誤差が偶然誤差と系統誤差のどちらであるかを確認し、さらに最小可検変化量(minimal detectable change)の95%信頼区間(以下、MDC95)を算出することで、解析した離解距離が誤差を伴わない「真の変化」を表す限界の値を検証した。【倫理的配慮】 本研究は筆頭演者が所属する大学院の研究安全倫理委員会の承認(承認番号:11002)を得た上で、研究参加者に対しては、事前に研究趣旨について説明した後、書面での同意を得て実験を行った。【結果】 2名の検者が解析した離解距離の平均値(標準偏差)は、検者Aの1回目で1.26(0.67)mm、2回目で1.52(0.67)であり、検者Bでは1.57(0.81)だった。算出したICCは、検者内[ICC(1,1)]で0.81、検者間[ICC(2,1)]で0.78だった。Bland-Altman分析の結果、測定誤差の種類は、検者内・検者間ともに偶然誤差であることが明らかとなり、MDC95は検者内で0.7mm、検者間で0.8mmだった。【考察】 相対信頼性の指標であるICCは、検者内・検者間ともに約0.8だった。ICCを求めることで測定の信頼性に言及している多くの先行研究では、0.7以上を「普通」、0.8以上を「良好」と判定している。それらの判定基準にならうと、本研究で実施した方法は、離解距離の解析手段として利用可能と考える。一方、絶対信頼性の観点では、MDC95の結果から、今回行った解析方法を用いて離解距離を計測する場合、検者が異なる際には、計測値が0.8mm以下であれば誤差の可能性があるが、0.8mmより大きい値であれば、牽引によって「真の変化」が生じたと判断し得ると考える。また、内包する誤差が、真値の前後でランダムに生じる偶然誤差であったことから、同一条件下での試行を繰り返し、その平均値を用いることで、誤差を減少することが可能であると考える。【理学療法学研究としての意義】 超音波画像解析の欠点は抽出される画像が不安定なことであり、研究手法として利用する場合には、事前に信頼性について検証しておくことが重要と考える。本研究の結果を踏まえ、膝関節の牽引に伴う離解距離を解析することは、関節機能異常に対して実施する関節モビライゼーションの科学的根拠を確立するための一助になると考える。