抄録
【目的】 回復期リハビリテーション病棟では、安全かつ早期に歩行能力を活かした移動の設定が求められる。当院では担当理学療法士により病棟内での歩行が自立可能と評価後、ケアスタッフの視点を中心に数日間の病棟生活を評価し、転倒の危険性を生じる場面がなければ自立と判定している。しかしながら、実際には自立と判定した後に転倒する場合もあり、より転倒発生数を減少できるような判定方法を検討する必要があると考えた。本研究では複合的な要因が転倒に影響する脳卒中患者に対して、病棟生活における転倒リスクを観察にて具体的に評価できる表を作成し、導入効果について検証した。【方法】 自立判定における観察評価項目の内容妥当性は2段階で確認した。まず、当院の事故報告書や先行研究(長崎ら2010年、渡邊ら2010年)を参考に、歩行の自立判定において考慮すべき病棟内で転倒の発生しやすい場所と動作を抽出した。さらに、理学療法士3名、作業療法士2名、言語聴覚士2名、看護師1名、介護福祉士1名、医師2名の計11名により、歩行自立を判断する際に必要と考えられる病棟内での生活動作をブレインストーミング法にて列挙した。次に、抽出された動作について、ブレインストーミングに参加していない理学療法士17名、作業療法士16名、看護師および介護福祉士66名の計99名を対象に、デルファイ法に基づき、各項目に「全く必要ない」から「非常に必要である」の5段階で段階付けを依頼した。その集計結果を提示した上で、再度同様の段階付けを依頼し、最終的に「必要である」もしくは「非常に必要である」と判断された項目を判定項目に選定した。これらの手続きにて作成した自立判定について、平成21年4月1日から平成23年7月31日に当院から退院した患者のうち、発症前のADLに介助を要していた者と、他院への転院期間がある者を除いた脳卒中患者(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)508名の中から、入院時には病棟歩行が非自立であり、入院中に病棟歩行自立と判定された177名(男性116名、女性61名、64±12歳)を対象にその導入効果を検証した。今回作成した判定基準によって病棟歩行自立とした48名(以下、導入群)と従来の方法で病棟歩行自立と判断した129名(以下、非導入群)の2群に分け、病棟歩行の自立判定後における転倒率を比較した。また、年齢、性別、脳の損傷側、入院から歩行自立までの日数、在院日数、入院時の下肢Brunnstrom Stage(以下BS)、Functional Balance Scale(以下FBS)、Functional Independence Measure(以下FIM)の認知項目についても群間比較を行った。統計処理には対応のないt検定、Mann-WhitneyのU検定、χ二乗検定、Fisherの正確確率検定を用い、有意水準は5%とした。【倫理的配慮】 筆者の所属する病院の倫理委員会に研究計画書を提出し、その承認を得た。【結果】 判定項目の内容妥当性はブレインストーミング法で挙げられた22項目からデルファイ法で検討した結果、(1)布団の掛けはがし、(2)靴・装具の着脱、(3)自室のカーテンの開閉、(4)他の通行人に配慮し避ける・待つ、(5)自室ドアの開閉、(6)歩行中の会話、(7)目的の場所まで到達、(8)一連のトイレ動作、(9)洗面台での整容動作、(10)机の前の椅子操作と着座・歩行再開、(11)ふらつきがあっても自制内、(12)杖や床に落ちた物拾いの12項目が採択された。導入群では、これらの12項目について3日間の評価期間を基本に転倒の危険がなく、安全に遂行できると判断できた時点で病棟歩行自立と判定した。自立判定後に病棟生活で転倒した人数は、導入群1名(2.1%)と非導入群18名(14.0%)であり、転倒率に群間で有意な差を認めた(p=0.027)。導入群と非導入群では、年齢、性別、脳の損傷側、入院から歩行自立までの日数、在院日数、入院時の下肢BS、FBS、FIM認知項目に有意な差はなかった。【考察】 今回採択した12項目は、判定者が被判定者に対してテストとしての指示をする必要がなく、病棟での日常的な動作を観察にて評価できる内容であった。これはデルファイ法で必要性を検討した際に、実際の業務場面で実運用に耐えうるかという要素も検討された結果であると考える。また、非導入群に比べて、病棟歩行自立までの日数を延長することなく、自立判定後の転倒の予防に有効であった。これは理学療法士による機能的な評価だけではなく、病棟内での実際の生活活動を項目化してスタッフ全員で評価することの有効性を示唆するものと考える。今後は実際に12項目の通過率や通過者の転倒を継続的に検討し、評価項目に修正を加えることで精度を高めていきたい。【理学療法学研究としての意義】 病棟歩行自立と判定された後の転倒率の減少には、機能的な評価だけではなく、事故報告書を基に病棟内での日常的な生活活動を具体化した評価項目の設定が有効であることを示唆した。