抄録
【はじめに、目的】 日常生活動作の改善を見据えた応用歩行練習の一環として,荷物の運搬歩行を行うことがある.非麻痺側上肢での荷物の運搬歩行時に麻痺側下肢の引きずりを生じやすくなる脳梗塞片麻痺症例を担当した.何も運搬しない歩行時と,非麻痺側上肢による荷物運搬歩行時の麻痺側下肢筋活動を表面筋電図(以下,EMG)にて計測,比較検討し,麻痺側下肢の引きずりを生じやすくなる要因について考察したので報告する.【方法】 症例は,平成23年3月にアテローム血栓性脳梗塞を発症し,右片麻痺を呈した62歳女性であった.EMG計測時,Functional Independence Measureは123点,歩行は共同運動パターンが認められるものの補助具を用いずに自立,Timed Up and Go testは27.5秒,麻痺側のBrunnstrom Recovery Stage(以下,BRS)は上肢2,下肢3,手指3,感覚検査の結果は正常であった.何も運搬しない歩行(以下,無負荷)と,体重の6%の重さの重錘を入れた袋を非麻痺側上肢で運搬する歩行(以下,6%負荷)の2通りの歩行を10mずつ行った.歩行補助具は用いず,監視下にて歩行し,歩行中の麻痺側下肢の筋活動を無線筋電計km-818MT(メディエリアサポート社)にて計測した.被検筋は麻痺側の大腿直筋,内側ハムストリングス,前脛骨筋,腓腹筋内側頭とした.電極はBlue Sensor P-00-S(Ambu社)を使用し,十分な前処理後,電極中心間距離3cmにてSENIAMの基準に従って貼付した.整流処理の後,各歩行において任意に10歩行周期を取り出し,歩行周期時間の違いを考慮して立脚相,遊脚相のそれぞれに対して階級幅10%で正規化を行い加算平均した.統計処理として,1歩行周期及び立脚相と遊脚相それぞれの平均時間,立脚相が1歩行周期に占める割合,各被検筋の各歩行周期における筋活動量を条件間で比較するため,一元配置分散分析を用いて検討した.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象症例に対し,事前に本研究の目的を十分に説明し,EMGを用いた運動機能評価に関する十分な理解と協力の意思を確認してから行った.【結果】 1歩行周期及び立脚相の平均時間に有意差は認められなかった.遊脚相の平均時間は6%負荷において無負荷より有意に短かった(p<0.05).立脚相が1歩行周期中に占める割合は6%負荷において無負荷より有意に高かった(p<0.05).各歩行周期における筋活動量に関して,大腿直筋では立脚相の30~50%(p<0.05,0.01),60~70%(p<0.05),遊脚相の30~40%(p<0.05)において6%負荷は無負荷より有意に低い値を示した.内側ハムストリングスでは遊脚相の70~80%において6%負荷は無負荷より有意に高い値を示した(p<0.01).前脛骨筋では立脚相の50~60%において6%負荷は無負荷より有意に低い値を示し(p<0.01),遊脚相の0~10%(p<0.05),20~30%(p<0.05),90~100%(p<0.01)において6%負荷は無負荷より有意に高い値を示した.腓腹筋内側頭では立脚相の10~30%において6%負荷は無負荷より有意に高い値(p<0.05),遊脚相の30~40%において6%負荷は無負荷より有意に低い値を示した(p<0.01).【考察】 健常者においては歩行時の一側上肢への重量負荷が同側への重心移動を増大,反対側への重心移動を減少させることが報告されている.しかし,本症例においては6%負荷では無負荷と比べて麻痺側遊脚時間が有意に短縮し,且つ麻痺側立脚相が1歩行周期中に占める割合が有意に高まったことから,対側である麻痺側への重心移動が増加したと推察された.加えて,内側ハムストリングスと前𦙾骨筋が遊脚相において有意に高い筋活動を示したことから,非麻痺側上肢で荷物を運搬することで麻痺側への重心移動が増加し,それに伴って下肢の振り出しに強い筋活動が要求されたものと考えられた.本症例の麻痺側下肢のBRSは3で,歩行中には共同運動パターンが認められていた.非麻痺側上肢による荷物の運搬によって麻痺側立脚相に荷重が強くかかることで伸筋共同運動パターンがより強く出現し.遊脚相における屈筋共同運動パターンへのスムーズな移行が困難となり,麻痺側下肢の引きずりを生じやすくなった可能性が考えられた.【理学療法学研究としての意義】 EMGの観点から,運搬歩行時に麻痺側下肢の引きずりを生じる要因について考察した.本症例と同様の問題を抱える症例において,その要因を考える上での材料となり得る症例報告であると考えた.