抄録
【はじめに、目的】 我々は運動麻痺の軽度な脳卒中片麻痺者を対象として,下肢の感覚障害が歩行速度に及ぼす影響について検討し,下肢の触覚および位置覚障害は歩行速度に影響しないことを報告した.しかし,下肢の運動麻痺は軽度であっても感覚障害が重度であると,麻痺側下肢の協調的な動きや荷重のコントロールがうまく行えないことによって,歩行の自立までに難渋する症例を経験する. 本研究の目的は,脳卒中片麻痺者における感覚障害の重症度が,歩行の自立に至るまでの期間に及ぼす影響を明らかにすることとした.【方法】 対象は運動麻痺の程度が12段階片麻痺回復グレード法(以下,グレード)にて9以上の軽度で,かつ当院入院時に歩行が自立していない初発脳卒中片麻痺者18名とした.平均年齢は64±9歳,平均発症後期間は63±27日であった.下肢の運動麻痺の程度はグレード9が3名,10が5名,11が3名,12が7名であった.両側性の障害,脊髄及び末梢神経の障害, 糖尿病,検査方法を理解できない者は対象から除外した. 感覚検査はStroke Impairment Assessment Setの方法に従い,触覚と位置覚の検査を実施し,判定は正常,軽度鈍麻,中等度鈍麻,重度鈍麻の4段階とした. 歩行の自立の判定は担当理学療法士が行ない,歩行補助具や装具の有無にかかわらず, 日中の病棟における歩行が安定し,1人で歩くことを許可した場合とした.歩行の自立までの期間(以下,期間)は発症日から歩行の自立に至るまでの日数とした.また,最大歩行速度(以下,歩行速度)は歩行が自立してから1週間以内に10mの直線歩行路で3回測定し,その最速値とした.各感覚検査の重症度と期間および歩行速度との関連について検討するためにSpearmanの順位相関係数を求めた.統計学的分析にはDr.SPSSを用い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者にはあらかじめ研究について口頭にて説明を行い,同意を得た.【結果】 各感覚検査の重症度と期間との関連について,触覚(r=0.66,p=0.003)および位置覚(r=0.69,p=0.002)の重症度と期間との間にそれぞれ有意な相関を認めた. 各感覚検査の重症度と歩行速度との関連について,触覚(r=-0.37,p=0.14),位置覚(r=-0.30,p=0.23)の重症度と歩行速度の間に有意な相関を認めなかった.【考察】 Redingらは脳卒中片麻痺者のリハビリテーションの効果の検討のため,歩行自立者の割合と発症から自立に至る期間について分析している.その結果,運動麻痺のみの者に比べ,運動麻痺に感覚障害を伴っている者では歩行自立者の割合が少なく,かつ自立に至るまでの期間が延長する事を報告している.ある一定の能力に達するまでに必要な期間は,トレーニングの能率を示しているとも考えられ,脳卒中片麻痺者における感覚障害の合併は,リハビリテーションの能率を低下させていると解釈できる.ただし,この研究では対象者の運動麻痺が重度な者から軽度な者が含まれており,感覚障害のない者に比べ,ある者の運動麻痺の程度がより重度であることも予想され,この結果が感覚障害だけの影響とは限らないと考えられる.感覚障害の影響について検討するためには,運動麻痺の影響をできる限り除いて検討する必要があると考えられ,今回われわれの研究では軽度の運動麻痺の症例を対象とし,歩行との関連を検討した.このことより,下肢の感覚障害が及ぼす影響について,より明らかにできたと考える. われわれの結果では感覚が重度に障害されていても,歩行自立時での歩行速度は正常や軽度な症例と同程度まで回復するものの,歩行自立に至るまでにより長い期間が必要であった.これは感覚障害が重度であると立位バランスが不良となったり立脚期の膝関節が不安定となり,歩行が自立するには非麻痺側による代償や麻痺側下肢への安定した荷重などを獲得しなければならないためと考える.【理学療法学研究としての意義】 運動麻痺が軽度な脳卒中片麻痺者において,下肢の感覚障害の程度は歩行自立時の歩行速度に影響を及ぼさないが,歩行の自立に至るまでの期間という別の側面から検討すると関連を認めるということは興味深い.下肢の感覚障害が重度であると歩行のトレーニングの能率に悪影響を与えるということが明確となった.