抄録
【はじめに、目的】 高齢者に関しては身体機能と日常生活活動(以下,ADL)との関係はしばしば検討されており,筋肉量と相関する下肢周径とADLとの関連が報告されている。一方,重症心身障害児・者(以下,重症児・者)は重度の運動障害を有するため身体活動量が著明に制限されるが,身体機能とADLとの関係は十分明らかにされていない。重症児・者では身体機能を客観的に評価することが比較的困難であるため,身体機能に関する客観的情報が少なく,身体機能とADLとの関連に関する報告があまり認められないのが現状である。重症児・者において身体機能と運動能力あるいはADLとの関連が明らかになれば,運動障害の予防や健康維持の目標になりうると考える。そこで,本研究の目的は重症児・者において下肢周径や粗大運動能力,ADL能力を測定し,下肢周径と粗大運動能力およびADL能力との関連性を検討することとし,若干の知見を得たので報告する。【方法】 対象はA病院に入所する重症児・者24名(男性18名,女性6名)であった。対象者の平均年齢(範囲),身長(平均±標準偏差),体重(平均±標準偏差),BMI(平均±標準偏差)はそれぞれ,46歳(17-73歳),144.3±10.6cm,32.2±9.2kg,15.6±4.1であった。診断は脳性麻痺22名,精神遅滞2名で,粗大運動能力の重症度は粗大運動能力分類システム(GMFCS)によりレベル4(6名),レベル5(18名)に分類された。下肢周径では両側大腿周径(膝10cm直上)および両側下腿最大周径を計測し,左右の平均値を算出した。また,下肢周径は体重と相関するため,各々を体重で除し,大腿周径補正値および下腿周径補正値も求めた。ADLの測定には日本広汎小児リハ評価セット・ADLver3.2(以下,JASPER)を用いた。JASPERは自立度および介助度を点数化し,それぞれ点数が高いほど自立レベルあるいは介助レベルが高いことを表す。各対象者に対し,JASPERの自立度(以下,ADL自立度)および介助度(以下,ADL介助度)を測定し,それぞれの合計点を算出した。統計学的解析では下肢周径(大腿・下腿周径,大腿・下腿周径補正値)とADL自立度,ADL介助度との関係をスピアマンの順位相関係数で比較検討した。また,GMFCSのレベル4とレベル5との間で身長,体重,BMI,下肢周径,ADL自立度,ADL介助度をマン・ホイットニU検定で比較検討した。なお,統計学的解析にはSPSSver18を使用し,危険率5%を有意水準とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は独立行政法人国立病院機構高知病院倫理委員会および当院保護者会の承認を得た上で実施された。【結果】 下肢周径(平均±標準偏差)は大腿周径,下腿周径,大腿周径補正値,下腿周径補正値の順に,265±58mm,197±35mm,13±3,9±2であった。ADL自立度・介助度(平均±標準偏差)はそれぞれ40±20点,121±26点であった。下肢周径とADL自立度および介助度との相関について比較検討した結果,大腿周径ではそれぞれrs=0.62,rs=-0.48,下腿周径ではrs=0.70,rs=-0.54で有意な相関が認められた(p<0.05)。しかし,大腿・下腿周径補正値において有意な相関は認められなかった。また,各評価項目においてGMFCSレベル4とレベル5との間を比較検討した結果,身長,体重,BMIに有意差は認められなかったが,大腿・下腿周径,大腿・下腿周径補正値,ADL自立度・介助度に有意差を認め(p<0.05),GMFCSレベル4はレベル5に比べ下肢周径は大きく,ADLの自立性が高いことが示唆された。【考察】 本研究における対象の下腿周径はJARD2001による日本人の新身体計測基準値の平均-2標準偏差(22.41cm)を下回り,著明な筋肉量の低下が明らかとなった。重症児・者の有する運動障害は極めて日常生活を制限するため,比較的介助依存的な生活を強いられる。その結果,身体活動量は減衰し運動障害の重度化は廃用性に筋萎縮を助長すると考える。また,下肢周径はADLや粗大運動能力との関連が認められ,機能的障害の指標となる可能性が示唆された。今回の研究は対象者が少なく限定的な結果となったが,今後は対象者を増やすことでさらに身体機能とADLとの関連を明らかにしていきたい。【理学療法学研究としての意義】 重症児・者において筋力など身体機能を計測することは困難であることが多いが,今回の研究において下肢周径が粗大運動能力やADLと関連性を示したことは,機能障害の一指標として活用できる可能性を示したという点で理学療法学研究として意義があると考える。