抄録
【はじめに、目的】 胸郭変形や側彎は重症心身障がい児・者(以下重症児・者)に多くみられる合併症の一つである.我々は,この胸郭変形や側彎変形を定量的に捉えるための計測方法について取り組んでいる.我々の先行研究では, Cカーブ側彎を有する重症児・者では,計測部位とコブ角において相関があることや,重症児・者と健常成人では前額面の計測部位で有意な差があること,健常成人の計測における信頼性の検討では,検者間差および検者内差で高い信頼性が得られたと報告してきた(第36回日本重症心身障害学会,第30回関東甲信越ブロック学会,第44回日本理学療法学術大会).今回は,S字側彎を有する重症児・者と健常成人における胸郭変形の定量的計測の検討について報告する.【方法】 対象はS字カーブを有する重症児・者8名(男子2名,女子6名.平均年齢20.3±6才,GMFCSレベルは全員5)と健常成人13名(男性2名,女性11名.平均年齢35.7±7.4才).計測には,胸郭扁平測定器,体表床間測定器,メジャーを使用した.計測肢位は背臥位とし,側彎や骨盤の非対称性を出来る限り修正した.また基準点を剣状突起,上腕骨頭,左右胸郭それぞれの1/2,下部肋骨弓の最突出部,上前腸骨棘を基準点とした.前額面で(1)胸郭横径(剣状突起部位での横径)(2)剣状突起の偏位:胸郭横径1/2(剣状突起位)と左体側からの剣状突起の距離(3)剣状突起から上腕骨頭の距離(4)剣状突起から上前腸骨棘の距離(5)同側の上腕骨頭から上前腸骨棘の距離を,矢状面では床から(6)胸郭の厚さ(剣状突起部位)(7)両側上腕骨頭(8)左・右胸郭の1/2(9)下部肋骨最突出部(10) 上前腸骨棘の高さを各々3回計測し平均値を求めた.次に扁平率(剣状突起位での胸郭の厚さ÷胸郭横径),(2)で剣状突起の偏位率(左体側から剣状突起の距離÷胸郭横径1/2)を,(3)~(5)と(7)~(10)は右を基準とした左右の比率を算出することで体格による影響を取り除くようにした.統計処理にはマン・ホイットニー検定を用い有意水準5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者(保護者を含め)には計測前に計測内容を十分説明し,書面にて同意を得た.【結果】 前額面計測は,胸郭扁平率で健常成人0.71±0.06,重症児・者0.64±0.12,剣状突起から上腕骨頭の左右比率で健常成人1.02±0.02,重症児・者0.95±0.08と重症児・者で有意に低かった.矢状面計測は,床から胸郭中点の左右比率で健常成人0.99±0.02,重症児・者0.93±0.07,床から上前腸骨棘の左右比率で健常成人0.99±0.03,重症児・者0.73±0.16と重症児・者で有意に低かった(p<0.05).その他の計測部位では,両群間において有意な差は認められなかった.【考察】 胸郭扁平率は,山本ら(成人平均0.69)や原田ら(健常成人平均0.72±0.06 ,重症児・者GMFCS レベル5平均0.63±0.08)の報告と類似した結果が得られた.前額面における左右比率は,剣状突起から上腕骨頭の左右比率で有意な差が認められたことから,この計測は重症児・者の上部体幹の彎曲に伴う非対称性を表しているものと考えられる.また,矢状面計測は,床面を基準線とすることで体の捻れの程度を計測している.床から胸郭中点および床から上前腸骨棘の左右比率で有意差が得られたことから,体幹での捻れが強く表れたものと考えられる.S字側彎では,上部体幹および下部体幹でカーブを有し体幹の側屈に加え脊柱の回旋という複雑さがあるために,上記以外での左右比率で健常成人と重症児・者で有意な差が認められなかったものと考えられる.今後S字側彎の変形の状態をより客観的に捉えるには,計測部位の再検討や症例数を増やしての検討を行う必要性が考えられる.【理学療法学研究としての意義】 重症児・者の胸郭変形や側彎はその成長過程において合併し易く,また,呼吸・嚥下などの生命維持機能や座位保持繞能力にも大きく影響を及ぼす.重症児・者の発達過程において胸郭変形や側彎を捉えていくことは重要であり,本計測は客観的評価の一手段となりうるものと考える.