抄録
【はじめに】 「脊髄損傷のリハビリテーションとは失われた機能を回復させることではない」脊髄を含む中枢神経は末梢神経と異なり,一度損傷されると修復・再生されることは無いため,このようにいわれてきた.近年,我が国において脊髄損傷患者に対する神経再生医療が試みられるようになり,我々理学療法士には,神経再生の一助を担うニーズが求められている.これまでの脊髄損傷に対する神経再生術後の運動機能についての報告をみると,神経再生術のみで運動機能が改善するかどうかは疑問に残るところである.実際,末梢神経損傷に対する神経再生術後では,運動機能改善のために工夫した理学療法を必要とすることが報告されている.脊髄損傷者の神経再生術後においても運動機能改善のためには効果的な理学療法が必要であると考えられる. 我々は神経再生術を受け,約6ヶ月の経過で明らかな運動機能改善を認める事が出来なかった脊髄損傷患者に対し,独自の理学療法を行い,約一年間の経過を通して一定の効果を得たため,以下に報告する.【方法】 症例は,38歳男性であり1999年11月オートバイ事故で胸髄損傷を受傷,以後完全対麻痺が残存した.2010年3月に神経再生術を受けた後,他院において約6ヶ月間リハを施行し,9月より当院においてリハを開始した.理学療法は,主に二つのポイントに絞り進めた.一つは筋電計を用いバイオフィードバックを利用した随意筋放電の誘発,もう一つは麻痺域で誘発された筋の筋力強化と,実用化を目的とした装具等を用いた抗重力位の訓練を行った.また,神経再生に寄与するといわれている神経栄養因子の発現を狙うために高負荷・高頻度で訓練を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 本症例及び家族に対し、今回の報告に関しての趣旨を十分に説明し、同意を得た.【結果】 ASIAスコアは術前と比較して,8点の回復が認められた.バイオフィードバックを利用しながら様々な運動イメージで命令を行い筋放電の誘発を試みた結果,腸腰筋,大腿四頭筋,大腿二頭筋において随意的な筋放電の誘発が可能となった.歩行訓練は,両側長下肢装具を使用し,平行棒内歩行より開始し,歩行器歩行,ロフストランド杖歩行へと進めた.さらに,支持なし立位訓練,水中での膝歩行訓練,吊り下げ型免荷装置を使用した歩行訓練も追加した.時間経過とともに,体幹の支持能力の向上を認め,股関節に随意的な屈曲運動も認められている.【考察】 同神経再生術を実施した術後一年以上の運動機能変化は,Limaらの報告によると,完全両下肢運動麻痺者4名のASIAスコアで平均3.75±1.1点の回復であり,今回は8点の回復が認められたので,過去の報告よりも良好な結果が得られた. 脊髄における神経再生は,正常とは異なるパターンの神経再生が起こっている可能性があり,本人の意思とは違う反応を起こす可能性がある.また、受傷10年以上経過し,損傷部位より麻痺領域を支配する高位の中枢神経は不使用による変化が生じていると考える.このため,バイオフィードバックを利用した様々な運動イメージでの筋放電の誘発は,再生された神経の機能を再構築する上で有効であったと考えられる. 本症例において,歩行レベルが向上したのは,機能回復よりも,残存機能の向上と不使用による体幹機能低下が改善したためと考える.【理学療法学研究としての意義】 我々は,神経再生医療における理学療法の役割は非常に重要であり,再生した神経を実用化するのが我々に課せられた目標であると認識している.本症例に対する理学療法は現在も進行中であるが,一定の効果を認めており,神経再生術後の理学療法の確立に貢献できるものであると考える.