抄録
【はじめに、目的】 脳性麻痺の治療1つに整形外科手術がある。筋の延長術後は筋力が低下すると言われており、術前後の筋力推移がいくつか報告されている。Reimers や Damiano らは歩行可能な脳性麻痺児に対するハムストリングス延長術後の膝関節伸展筋力は術後7ヵ月・9ヵ月にて術前と同等の値、またはそれ以上に回復したと報告している。しかし、これらの変化は長期変化であり、理学療法において筋力強化や歩行練習が積極的に行われる術後早期の報告はほとんど見当たらない。下肢の手術では股関節が第一選択になることが多く、股関節術後の歩容や粗大運動能力・日常生活活動の改善などが多く報告されているが、日本において脳性麻痺の術後筋力変化を数値で示した報告はない。 よって本研究の目的は股関節手術の術前・術後早期(4週)の膝関節トルクを比較し、延長筋と関節トルクの関係を明らかとすることで理学療法プログラム作成の指標を得ることとした。【方法】 当院にて平成22年12月1日から平成23年9月30日の期間で選択的股関節筋解離術を施行した脳性麻痺児47名のうち粗大運動機能分類システム(以下、GMFCS)レベルI~IIIの運動レベルで、大腿直筋・内側ハムストリングスを必ず侵襲した8名14肢(年齢4~17歳、GMFCSレベルI:2名・レベルII:3名・レベルIII:3名)とした。徒手筋力テストが不可能な知的レベルの者・1年以内に整形外科手術を受けた者・6ヵ月以内に薬物療法・脳神経外科手術を受けた者は除外した。膝関節伸展・屈曲(以下膝伸展・膝屈曲)の筋出力をマイクロFET (日本メディックス社製、以下HHD)を用いて座位にて膝関節屈曲90°位における等尺性膝伸展・屈曲筋力を測定した。測定は術前・術後4週で実施し、トルク体重比(Nm / kg)(以下、関節トルク)を算出した。各関節トルクの測定は1人の検査者が行い、全て右側から膝伸展・膝屈曲の順に測定した。信頼性については8名16肢 (年齢9~17歳、GMFCSレベルI:2名・レベルII:3名・レベルIII:3名)の脳性麻痺児によるパイロットスタディにて検討を行い、級内相関係数 (1,1)は膝伸展が0.97・膝屈曲が0.99だった。術前後を対応のある要因・運動方向を対応のない要因として、関節トルクを従属変数とした反復測定二元配置分散分析にて検討した。統計処理にはSPSS社製PASW Statistics 18.0を使用し、有意水準を5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は南多摩整形外科病院倫理委員会にて承認を得た(承認番号002)。【結果】 術後4週にて膝伸展トルク平均値は上昇し、膝屈曲トルク平均値は低下した。分散分析の結果,膝伸展・屈曲の運動方向に有意差があり、運動方向と術前後の間に交互性が確認された。【考察】 術後4週にて膝伸展トルクは術前の値以上に高値となった。筋緊張の高い2関節筋を延長することで単関節筋の活動を促すことが手術の目的である。膝伸展トルクには大腿直筋や内側・外側・中間広筋が関わる。優位に働いていた2関節筋の大腿直筋が手術により抑制され、単関節筋である各広筋群の活動が促され術前の値以上に膝伸展トルクが上昇したと思われる。一方、膝伸展トルクの上昇と同様に2関節筋である内側ハムストリングスの延長で膝屈曲トルクは上昇すると考えられる。しかし、実際には術後の膝屈曲トルクは低下し、膝屈伸の運動方向と術前後の間に交互性があった。この原因の1つとして各運動方向の温存されている単関節筋の筋量の差が挙げられる。膝伸展における大腿直筋の力は全体の1/5とされている。それに対し膝屈曲における内側ハムストリングスの役割が大きかったと言える。膝屈曲の単関節筋である大腿二頭筋短頭・膝窩筋の2筋では、術後4週の期間では十分な筋出力が発揮できなかった。Eekらが同様の測定方法で計測した健常児の筋バランスは膝伸展:膝屈曲が約3:2であった。本研究の対象児の膝伸展:膝屈曲の関節トルクのバランスは術前がほぼ1:1であり、術後には2:1と変化した。脳性麻痺児は健常児と比べ有意に筋力が低い状態にある。健常児の関節トルク値には達しないも筋バランスが健常児に近く改善することは運動機能の改善につながると思われる。よって、術後の理学療法では膝屈伸の筋バランスを考慮した筋力強化が運動機能の改善に関与する可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 歩行可能な脳性麻痺児における大腿直筋およびハムストリングス延長術前後の関節トルクは各運動方向の温存されている単関節筋と延長した2関節筋の関係によって、術後4週にて異なる回復過程をたどった。術後早期の理学療法では膝屈伸の筋バランスを考慮した筋力強化が運動機能の改善に関与する可能性が示唆された。