抄録
【はじめに,目的】 脳卒中片麻痺患者に対して,歩行能力向上のための手段の一つとして,装具療法がある.理学療法士は,患者の身体機能に適した装具を十分に検討し提案する必要がある.今回,筋力は向上したが歩容の改善が見られなかった症例に対し,装具の調整を行うことにより,歩容が改善し歩行能力が向上した症例を経験した.そこで,装具療法におけるロッカー機能の重要性を再認識できたため,ここに報告する.【症例紹介】 本症例は,心原性脳梗塞(右内頸動脈閉塞)を発症した64歳の女性.保存的加療後,発症から3週間後にリハビリテーション(以下リハ)目的にて当院転院となった.主訴はロボットみたいな歩き方になるとのことで,きれいに歩きたいとの要望があった.入院時は、Brunnstrom Recovery Stage(以下BRS)は左下肢IV,著明な関節可動域制限はなく,表在・深部感覚ともに中等度鈍麻であった.Modifide Ashworth Scale(以下MAS)は足関節背屈1+,筋力は,体幹屈曲回旋2,股関節伸展2,股関節屈曲2,膝関節伸展2,足関節底屈1+,足関節背屈1+であった.【説明と同意】 発表にあたり,口頭にて十分に説明を行い,自由意志にて同意を得た.【経過】 本症例は入院後9週でT字杖とプラスチック型AFO(以下AFO)にて病棟ADL自立であった. BRSは左下肢IV~V,表在感覚は軽度鈍麻,深部感覚は中等度鈍麻で,筋力は,体幹屈曲回旋3,股関節伸展3,股関節屈曲3,膝関節伸展4,足関節底屈2+,足関節背屈3であった.AFOは背屈3°,厚さ3mmに設定していたが,下腿ベルトは緩ませて使用していた.10m歩行時間・歩数は14秒・24歩であった.歩容は,左荷重応答期に左股関節膝関節の屈曲方向への動揺,立脚中期に体幹前傾がみられ,左立脚期が短縮していた.リハでは,左大殿筋の筋力低下を主要な問題とし,筋力強化練習,ステップ動作での股関節伸展を促した.2週後,深部感覚は軽度鈍麻となり,筋力は体幹屈曲回旋3,左股関節伸展4,屈曲4,膝関節伸展4+,足関節底屈3,背屈3+と筋力の向上を認めたが,歩容に著明な変化は見られなかった.そこで,アプローチの視点を変え,足関節に注目した.本症例の使用していたAFOの底屈制動力は強固で,左初期接地から左荷重応答期における足関節底屈運動は困難で,下腿の前傾を強制されていた.そのため,装具の踵部を除去し,長さを短縮するとともに,大腿四頭筋の遠心性収縮を促すことで,強制的な下腿の前傾を軽減させた. 1週間後,身体機能に変化はなかったが,歩容では上記の異常が軽減し,左立脚時間の延長が見られ,10m歩行時間・歩数は11秒・20歩と向上した.【考察】 AFOでは荷重応答期に足関節の底屈が出現せず,下腿の前傾を強制されていた.小原らは,底屈制動が確実であるほど,より大きな膝折れ方向へのモーメントとなる(小原謙一ら;2006)と報告している.このことから,本症例は,AFOの底屈制動により膝関節に屈曲モーメントが働くことで膝折れが生じ,股関節伸展運動が阻害されていたと考えた.そのため,AFOの踵部を除去し,底屈制動力を緩和させ,また実際の踵からの接地を促すことで荷重応答期に下腿の前傾方向へ力が加わるタイミングを遅延させた.さらにAFOの下腿部を短縮する事により,膝への屈曲モーメントを軽減させた.ヒールロッカー機能は,荷重応答期において,前方へ落ちていく身体重量によって生じる勢いを受け止め,床と踵の接触点を支点として,脚全体が前方へ移動することを可能にしている(Kirsten Gotz-Neumann;2005).装具を調整し,大腿四頭筋の遠心性収縮を促した結果、衝撃を緩和させるとともに適切なアライメントが確保され,ヒールロッカー機能に近い状態となった.また,荷重応答期での大腿四頭筋の遠心性収縮は,前方へ倒れゆく下腿に大腿を引き寄せ,股関節に伸展力を生じさせる(Kirsten Gotz-Neumann;2005)ため,ヒールロッカー後の反応としての大腿四頭筋の遠心性収縮の獲得により,効率よく股関節伸展が促されたと考えた.【理学療法学研究としての意義】 患者の身体能力を高めるために装具療法は重要である.一般的に身体機能の改善に合わせて装具の調整を行うよう言われているが,そのガイドラインは存在しない.本症例を経験したことにより,ロッカー機能に基づいて装具を調整し,足関節から股関節への運動連鎖を考慮した上で動作観察を行う事が,適切な装具療法につながるのではないかと考えた.