抄録
【目的】 脊柱アライメントを簡便かつ定量的に評価するために,近年,脊柱計測分析器Spinal Mouseを用いた報告がある.我々は第44回の本学術大会において腰痛疾患例の脊柱アライメントの特徴について報告した.しかし,その比較となる健常データが少なく,青年期に偏るなど結果も明確ではない.そこで第45回,第46回の同学術大会では,20~90歳までのデータを基に成人群と高齢者群間の脊柱アライメントの特徴の違いを明らかにした.さらに今回は,対象を40名追加し,20歳~80歳までの年代別の脊柱アライメント変化を検討する.【方法】 第45回本学術大会の報告で,脊柱アライメントは男女間において有意差があったことを受けて,対象者は,健常成人女性89名(22~94歳,平均年齢58.3±21.3歳)とした.さらに,20歳以上~65歳未満45名(以下,成人群)と65歳以上44名(以下,高齢者群)の2群に分類した.但し,現在腰痛のある方や膝関節の伸展制限のある方は対象から除いた.脊柱計測分析器Spinal Mouse(Index社製)を用い,立位姿勢(普段立っている安楽立位姿勢)における,矢状面の胸椎後彎角,腰椎前彎角,仙骨傾斜角および脊柱傾斜角を測定した.胸椎と腰椎の彎曲は,後彎を正,前彎を負とし,仙骨傾斜角および脊柱傾斜角は,前傾を正,後傾を負とした.以下の3点について統計学的に検討した.なお,有意水準は5%とした.1.胸椎後彎角,腰椎前彎角,仙骨傾斜角,脊柱傾斜角と年齢との相関関係,2.胸椎後彎角,腰椎前彎角,仙骨傾斜角,脊柱傾斜角における成人群と高齢者群間との比較,3.胸椎後彎角,腰椎前彎角,仙骨傾斜角,脊柱傾斜角における年代別の関係【説明と同意】 本研究は当大学の倫理委員会の承認を得たうえで,全対象者には,本研究の趣旨を説明し同意を得て行った.【結果】 <胸椎後彎角,腰椎前彎角,仙骨傾斜角,脊柱傾斜角と年齢との相関関係>胸椎後彎角は,年齢との有意な相関が認められなかった.腰椎前彎角,仙骨傾斜角,脊柱傾斜角は,年齢との有意な相関が認められた(腰椎:r=0.45 p<0.01,仙骨:r=-0.41 p<0.01,脊柱:r=0.40 p<0.01).<胸椎後彎角,腰椎前彎角,仙骨傾斜角,脊柱傾斜角における成人群と高齢者群間との比較>胸椎後彎角は,成人群42.6度,高齢者群44.4度で有意な差がなかった.腰椎前彎角は,成人群-24.8度,高齢者群-15.6度で有意に高齢者群の方が小さかった(p<0.01).仙骨傾斜角は,成人群13.0度,高齢者群4.9度で有意に高齢者群の方が小さかった(p<0.01).脊柱傾斜角は,成人群0.9度,高齢者群3.7度で有意に高齢者群の方が大きかった(p<0.01).<胸椎後彎角,腰椎前彎角,仙骨傾斜角,脊柱傾斜角における年代別の関係>胸椎後彎角は,各年代別における有意な差がなかった.腰椎前彎角および仙骨傾斜角は,60歳以降から減少傾向にあり,20歳代,30歳代,40歳代,50歳代,60歳代,70歳代と比較して80歳以上で有意に減少していた(p<0.01).脊柱傾斜角は,各年代と比較して80歳以上で有意に増加していた(p<0.01).【考察】 高齢者になるにつれて姿勢は変化すると言われている.加齢に伴い,腰背部筋の低下が起こり易くなり,その結果,胸椎後彎が強くなり,腰椎の生理学的前彎が減少するとの報告がある.一方,骨盤や股関節周囲筋の機能不全により,骨盤が後傾し仙骨傾斜角が減少することに伴い腰椎前彎が減少するという仮説もある.また胸椎後彎角と腰椎前彎角および仙骨傾斜角は相関がないが,腰椎前彎角と仙骨傾斜角は相関があると言われている.以上のことから,加齢に伴い,胸椎後彎角,腰椎前彎角および仙骨傾斜角は変化し,互いに脊柱アライメントに影響し合うものと考えられる.本研究では,加齢に伴う胸椎後彎の変化はなく,腰椎前彎の減少と仙骨傾斜角の減少がおこり,脊柱が前方に傾斜するといった結果となり,前述した後者の仮説を支持するものである. 成人群と高齢者群間の比較や年代別の関係についての結果から,20歳~50歳代位までは腰椎前彎角および仙骨傾斜角の大きな変化を認めないが,60歳代から徐々に減少する傾向にある.下肢や体幹の筋量は,50歳代から有意に減少するとの報告がある.加齢により脊柱を支えている筋量が減少し,60歳代位から脊柱アライメントの変化に影響を与え,80歳代以上では明らかな脊柱アライメントの変化をもたらすものと考えられる.今後はさらに,関節柔軟性や体幹の筋力なども含めて,加齢による脊柱アライメント変化のメカニズムを解明することが必要である.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,腰痛疾患例の姿勢の影響を検討するためのコントロールデータとして,健常者データを構築している.加齢に伴う脊柱アライメントの変化を知り,そのメカニズムを解明することは,理学療法学において大変意義のある研究と考える.