抄録
【はじめに、目的】 我が国では、急速に高齢化が進んでいる。これに伴い、高齢者における骨折患者数も増加の一途を辿り、今後の要介護者の急増も必至である。臨床では、骨折を機に、移動及び日常生活活動能力が低下し、自宅復帰困難となる症例や、虚弱化してしまう症例を少なからず経験する。高齢者における脆弱性骨折の中で、最も頻度の高い骨折は、脊椎圧迫骨折である。無症候性骨折も多く、臨床では軽視されることも多いが、死亡リスクを高めるとの報告もある。本研究の目的は、脊椎圧迫骨折患者の歩行到達度に着目し、歩行能力を低下させる要因について検討し、理学療法実施の際の一助とすることである。【方法】 2009年3月から2011年6月に脊椎圧迫骨折の診断にて、当院に入院し、保存療法が施行され、自宅復帰となった、80例(男性25例、女性55例、平均年齢77.5±10.7歳)を対象とした。受傷前と退院時の歩行能力を比較し、退院時の歩行能力が受傷前と同等となったものを到達群、歩行能力が低下したものを非到達群の2群に分類した。2群間において、年齢、性別、在院日数、Barthel Index(受傷前・退院時)、受傷前移動能力、椎体骨折数を検討項目として比較した。移動能力については、実用性を考慮して、独歩と補助具歩行に分類した。また、椎体骨折数については、入院時の単純レントゲン写真より、脊椎圧迫骨折椎体数を判定し、1つのものを単椎、2つ以上のものを多椎と分類した。脊椎圧迫骨折の判定基準は、日本骨代謝学会の診断基準に従った。統計処理は、StatView-J5.0を使用し、統計学的手法は、Wilcoxonの符号付順位検定及びMann-WhitneyのU検定、χ2乗検定を用い、有意水準を5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、ヘルシンキ宣言に沿い、当院の学術研究に関する方針ならびにプライバシーポリシーを順守して行った。【結果】 到達群は66例(男性:22例、女性:44例、年齢:76.7±11.3歳)、非到達群は14例(男性:3例、女性:11例、年齢:81.2±6.2歳)であった。到達率は82.5%であった。到達群と非到達群との比較では、年齢(p=0.31)、性別(p=0.38)、在院日数(到達群:28.3±16.0日、非到達群:41.7±35.0日)(p=0.47)、受傷前Barthel Index(到達群:93.7±14.8点、非到達群:87.1±23.7点)(p=0.43)、退院時Barthel Index(到達群:89.9±14.8点、非到達群:74.6±31.6点)(p=0.06)、受傷前移動能力(到達群:独歩41例、補助具歩行25例、非到達群:独歩10例、補助具歩行4例)(p=0.51)において、有意な差は認められなかった。椎体骨折数の比較では、到達群は単椎38例(57.6%)、多椎28例(42.4%)、非到達群は単椎4例(28.6%)、多椎10例(71.4%)であり、有意な差が認められた(p=0.04)。【考察】 到達群と非到達群の受傷前の状態には有意な差はなく、在院日数も同等であるにもかかわらず、椎体骨折数にのみ有意差が認められた。このことより、脊椎圧迫骨折が多椎におよぶと、歩行能力低下の危険性が高くなること、または、受傷前歩行能力の獲得に時間を要する可能性があることが示唆された。臨床上、高齢者の脊椎圧迫骨折患者において問題となるのが、疼痛により臥床を強いられ、廃用に陥ってしまうことである。予備能力の低い高齢者では、この廃用からの脱却が困難となり、不可逆的な歩行能力低下をきたし、自宅復帰困難となる可能性がある。脊椎圧迫骨折患者に対する理学療法では、レントゲン写真を確認し、多椎に骨折が存在する場合には、特に、歩行能力低下の危険性が高まることを念頭に置き、疼痛と離床の調和を図りながら、早期に歩行能力の向上を図ることが重要であると考える。また、転倒予防の介入や転倒リスクを減少させるための歩行補助具の選定や環境整備といった、椎体骨折数を増加させないための取り組みも不可欠である。今後の課題は、歩行能力低下と多椎骨折の因果関係について明らかにし、脊椎圧迫骨折患者に対する理学療法について再考することである。【理学療法学研究としての意義】 本研究により、脊椎圧迫骨折患者の歩行能力低下の危険性を高める要因として、多椎骨折が挙げられた。脊椎圧迫骨折患者に対する理学療法では、レントゲン写真を確認し、多椎に骨折が存在する場合には、特に、歩行能力低下の危険性が高まることを念頭に置く必要があること、更なる骨折を招かないための視点の必要性が示された。