抄録
【はじめに】 両側変形性股関節症に対する片側人工股関節全置換術術後に対側股関節の影響により、ROM改善や歩行獲得が遅延する症例をしばしば経験する。重度のROM制限や疼痛を有する両側罹患例に対して両側一期的人工股関節全置換術(以下一期的THA)は、二期的THAと比べて対側の影響が少ないことから、麻酔や入院に関する患者負担の軽減を目的に実施されている。今回、交叉性歩行を呈した両股OAに対する一期的THAの術前後理学療法を経験し、当院の片側THAクリニカルパスと大差ない経過を得たので考察を加えて報告する。【倫理的配慮、説明と同意】 データの取り扱いに関しては患者に十分な説明を行い、今回の報告に関して同意を得た。【症例】 症例は50代女性、先天性股関節脱臼の既往があるが、治療歴なし。8年前より両股関節痛が出現し、1年前より交叉性歩行となり、両股OAの診断のもと両側一期的THA目的に入院。術前現症として、単純X-pでは両股とも末期OAであった。ROMは屈曲右60、左65度、外転右0、左‐10度、伸展右-10、左-20度の屈曲内転拘縮であった。筋力は両股周囲筋MMT上poorレベルの低下を認めた。歩行評価として三次元動作解析と股周囲筋EMGを行った。歩行速度は25.5(cm/sec)、ストライド長右33.4、左15.4(cm)、歩行時最大股ROMは矢状面で右屈曲21.8、伸展-14.7度(可動域7.1度)左屈曲47、伸展-34.3度(可動域12.7度)と可動性は低下し、骨盤前傾姿勢であった。前額面では右内転25.1、外転-14.7度(可動域10.41度)、左内転22.4、外転-14.9度(可動域7.5度)で左前型に交叉する歩容であった。EMGでは中殿筋活動で正常波形と比べ、全周期で低下していたが、一定の活動性は確認できた。一歩行周期のIEMGでは右77.6、左105.7と右側で低下、踵接地を基準とした筋収縮開始時間(Reaction Start Time:RST)では右48.2±28.3 左89.5±101.9(ms)と左側有意に遅延していた。手術はセメントレスTHA、後側方アプローチで両側内転筋腱腱切り術を併用。 【経過と結果】 術直後の股ROMは屈曲右70、左60度、伸展左右0度、外転左右20度であった。深部静脈血栓症など合併症はなく、術翌日より全荷重許可のもと起立歩行練習、ROM練習、患部外を含む周囲筋の筋力練習を実施。疼痛は内転筋腱切り部に認めたが術2日目より歩行器歩行が可能。3週時でROMは屈曲右85、左80度、伸展右10、左5度、外転右30、左30度へ改善、院内を両杖、病棟内は片杖にて歩行可能となった。交叉性歩行は改善されたが、術前EMG、三次元解析より歩行時の下肢機能として右下肢は荷重応答性、左下肢では推進性と、左右異なった役割を担っていると考えられた。経過中、左右ROMと術前の左を軸足とした歩行形態を示すような回復差が生じたことから、右下肢は推進性、左下肢には荷重応答性を要求する内容の理学療法を実施した。4週時で筋力はMMT上Fair~good、歩行に関して、速度は97.1(cm/sec)、平均ストライド長は右90.7、左89.6(cm)。歩行時ROMは右股屈曲35.3、伸展0度(可動域35.3度)左股屈曲33.6、伸展1.5度(可動域32.1度)前額面では右股内転5.8、外転7.4度(可動域13.2度)、左内転15.7、外転0度(可動域15.7度)であった。EMGでは正常波形に近い形を示し、IEMGは右91.5、左112.4、RSTは右32.0±1.7、左37.7±4.6(ms)と筋活動性、反応時間の改善とともに左右差が軽減し、屋外は片杖、屋内独歩可能となった。【考察】 術前より重度のROM制限を有しており、ROMや筋力練習、歩行練習や荷重下でのトレーニングを対側股関節の影響を受けず円滑に実施でき、座位や起立動作などの日常生活動作においては、獲得したROMを最大限活用できることが良好な改善につながったと考えられた。また本症例の交叉性歩行は左右肢各々で荷重応答肢、推進力発揮肢と、本来の歩行では一肢ごとに備わっているべき役割を左右で分担している特徴を示していた。術前の動作解析やEMGから、役割が異なっている点を評価し、術後理学療法計画を立案できたことも良好な歩行回復に至った要因と考えられた。当院片側THAクリニカルパスは3週退院を目標とした内容で、重度の機能障害を有するOA症例の二期的手術の場合、対側手術までの間隔も含め、歩行獲得までは初回手術後から2~3カ月要することも多く、本症例は歩行獲得と社会復帰までの期間も短縮できたと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 交叉性歩行を呈す両側一期的THA術後理学療法は、ROM改善とともに、歩行における左右肢の役割に応じた理学療法戦略が重要であり、社会復帰までの期間短縮も得られると考えられる。